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【識者の眼】「外科の未来に向けて─ハラスメント根絶宣言」河野恵美子

登録日: 2025.10.09 最終更新日: 2025.11.04

河野恵美子 (大阪医科薬科大学一般・消化器外科)

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外科には、いまなお徒弟制度的な体制が色濃く残る。そこでは「黙って従うこと」が暗黙のルールとされ、異論や疑問の声は封じられがちである。こうした空気に違和感を抱き、外科を志望しながらも最終的に他の診療科を選択する若手医師は少なくない。

厚生労働科学特別研究事業「日本専門医機構における医師専門研修シーリングによる医師偏在対策の効果検証総括研究報告書」によれば、専攻医を対象とした調査において、ハラスメントへの懸念を理由に希望していた診療科を選ばなかったと回答した割合は、脳神経外科で17.2%、外科で12.8%にのぼった。他の診療科はいずれも1桁台にとどまり、「外科は厳しそう」「理不尽なことを受け入れることが当たり前」といった文化的なイメージが、若手医師の進路選択に少なからぬ影響を及ぼしていることがうかがえる。

日本消化器外科学会は2024年7月に、ハラスメント対策ワーキンググループを設立し、65歳以下の会員を対象に実態調査を実施した(回答者1967名、回答率13%)。その結果、1421名(72%)が過去10年間で何らかのハラスメント被害を経験していたことがわかった。ハラスメントの内訳は、パワーハラスメントが51%、セクシュアルハラスメントが11%、マタニティ・パタニティハラスメントが6%、アカデミックハラスメントが27%、外科業務に関するハラスメント(特に手術や術後管理などの外科医療に関する現場において、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動によりその労働者の就業環境が害されること)が51%であった。

さらに、「ハラスメントを見聞きした経験がある」と答えた者は1825名(93%)に達し、現場の深刻な状況が浮き彫りとなった。一方で、自身が「ハラスメントをしたかもしれない」と認識している者も1027名(52%)におよび、立場や状況によって被害者にも加害者にもなりうることが明らかになった。

2025年7月に開催された第80回日本消化器外科学会総会では、本問題に向き合うべく特別企画が組まれ、その締めくくりとして「ハラスメント根絶宣言」が発出された。理事長も登壇し「厳しい環境下に置かれ、私自身もハラスメント的なところがあったかもしれない、私自身も変わっていかなければならない」と述べた。加えて、昭和の時代に教育を受けた指導者層が、いま意識改革を求められていると強調し、組織文化の転換の必要性を訴えた。これは長年根づいてきた徒弟制度や成果主義的な指導文化が若手を萎縮させ、ハラスメントの温床となっていたことを認めるものである。同時に組織の中枢を担う立場にある者の自省と覚悟を示すものであり、学会全体の姿勢転換を促す重要な契機となろう。

外科医の確保が危機的な状況にある現在、持続可能な診療体制を構築するには、若手が安心して学び長く活躍することができる環境整備が不可欠である。ハラスメントの根絶は、そのための最も本質的な基盤のひとつにほかならない。

河野恵美子(大阪医科薬科大学一般・消化器外科)[外科医ハラスメント根絶宣言

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