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【識者の眼】「『自由』と『規制』の狭間で」村上正泰

登録日: 2025.10.08 最終更新日: 2025.10.08

村上正泰 (山形大学大学院医学系研究科医療政策学講座教授)

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2026年度の診療報酬改定に向けた議論が本格化している。診療報酬制度における細かな施設基準や算定要件に振り回されている現場では、医療が過剰な規制によって雁字搦めになっているとの印象を抱く人も少なくない。診療報酬点数の簡素化・合理化の必要性は以前から指摘されてきたが、改定を重ねるたびに制度はむしろ複雑怪奇な構造になってきた。

それは、診療報酬制度を通じて、医療機関の機能分化や連携、さらには医療の質の向上といった政策目的の実現を図ってきたからに他ならない。なぜそのような手法が採られるのかといえば、医療提供体制に関する計画的整備のための規制的手段が乏しく、多くの部分が医療機関や医療従事者の裁量にゆだねられているためである。その結果、診療報酬という経済的インセンティブを用いた誘導策に依存せざるをえない状況が続いてきた。

しかし、経済的インセンティブが政策的意図通りに効果を発揮する保証はなく、過大あるいは過小な反応となりがちで、改定のたびに見直しを余儀なくされているのが現実である。医療提供体制の改革手段が診療報酬改定に偏重しているのは、医療提供体制が民間主体を中心として発展してきた日本の医療システムの歴史的特徴に起因する。言い換えれば、診療報酬点数の複雑性は、自由と規制の狭間で格闘してきた日本の医療政策の帰結とも言える。

近年では、地域医療構想をはじめ、医療計画の充実が図られてきたが、現実的な影響力という点では、診療報酬制度に遠く及ばない。そのため、診療報酬改定は今後も医療提供体制改革の主要な政策ツールであり続けることは間違いない。しかし、だからといって、これまで通りのやり方が望ましいとは限らない。政府も医療現場も、診療報酬改定に費やす労力は尋常ではない。

もちろん、強制力の強い規制を導入すれば実効性が担保されるというものでもない。しかし、計画的な規制の枠組みをある程度組み合わせなければ、医療提供体制そのものの改革も覚束なくなる。

同様の問題は、医師偏在対策にも当てはまる。自由開業制や自由標榜制は、わが国の医療制度の根幹をなす制度的特徴だが、医師の偏在が問題なのだとすると、これらの制度に手をつけることなく解決を図ることは困難である。厚生労働省は2024年12月、「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」を策定した。その過程では、規制的手法も議論の俎上に載せられたものの、最終的には経済的インセンティブに力点を置いた内容となった。

確かに規制的手法は容易ではない。たとえば開業規制を導入すれば、憲法上の「営業の自由」との関係が問題になりうる。さらに、あらゆるシステムには「歴史的経路依存性」が存在し、同時にそこに含まれる様々な制度間での「制度的補完性」も無視できない。医療システムもまた、例外ではない。それゆえ、単純な解決策を容易に見出すことはできない。しかし同時に、自主性に依拠し、経済的インセンティブによって誘導しようとするアプローチにも限界があることは否定できない。

いずれにしても、急激な人口減少のもとで医療提供体制の改革を進めていくには、従来のやり方を踏襲するだけでなく、政策手法そのもののあり方を根本から見直す必要があるのではないだろうか。

村上正泰(山形大学大学院医学系研究科医療政策学講座教授)[医療提供体制][診療報酬制度]

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