感染症の感染経路として、接触感染、飛沫感染、飛沫核感染(空気感染)があるとされてきた。飛沫感染と飛沫核感染の境界はあいまいであるが、感染者の口から出た比較的大きな飛沫を他者が吸い込むことで感染するのが飛沫感染(飛沫の到達距離はおよそ1メートル前後)、それより小さな粒子がエアロゾルとなって空間を漂い、それを吸い込むことで感染するのが飛沫核感染として区別されてきた。
病原微生物(細菌など)が次々と発見されたのは19世紀である。コレラが世界的流行(パンデミック)を起こした19世紀前半には、コレラ菌はまだ発見されておらず、当時の感染経路の理解には以下のような見解があった。
・瘴気論:大気や物理的環境に存在する悪性のガスが肺を通して吸入され、血液中に作用するという考え
・接触性伝染論:病人から出る毒性物質が呼気などで体外に放出され、健康な人がそれを吸入するという考え
・偶発伝染論:個人の感受性、衛生状態、貧困、食事、住居、天候などの要因によって病気が発生するという考え
こうした中、英国の医師John Snowは、疫学的観察を通じて、コレラの主な原因は患者によって汚染された水(テムズ川への下水放流と、それを含む水道水の取水)であると主張した。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は当初、「飛沫感染」が主な感染経路と考えられていた。しかし、閉鎖空間で大きな声で会話や歌を歌った場合、小さい粒子(マイクロ飛沫・マイクロエアロゾル)が数メートルにわたり飛散し、それを吸い込むことで感染する例もあることが明らかになった。このことから、感染リスクを低下させる手段として「換気の重要性」が強調されるようになった。
WHOも最近、「エアロゾル」と「飛沫」の区別をやめ、感染性呼吸器粒子(infectious respiratory particles:IRPs)という新たな概念を提唱しており、それに基づいて感染経路を以下のように整理している。
・空気感染(airborne transmission or inhalation):感染者からIRPsが口や鼻を通じて放出され、それを他者が吸入する経路。吸入は近距離でも遠距離でも起こりうるが、その距離は気流・湿度・温度・換気などの要因に左右される
・直接沈着(direct deposition):感染者から放出されたIRPsが、近くにいる他者の口・鼻・目などに直接付着し、それが呼吸器系に入り込むことで感染を引き起こす経路
こうした感染が起こりやすい環境条件として、「3密」という概念がある。これは、密閉(換気の悪い閉ざされた空間)、密集(多くの人が集まること)、密接(近距離での接触・会話など)を避けることを促すものである。WHOも“Avoid the three Cs:Closed spaces with poor ventilation,Crowded places,Close-contact settings”という表現を使うようになっている。感染症が流行していないときにまで常に行うべき行動とは言えないが、流行時では考慮すべき感染症予防策の考え方として重要である。
感染症発生時には、基本的な感染経路対策が重要であると同時に、既成概念にとらわれず、疫学的観察および実験的観察を通じて、感染拡大を防ぐための感染経路をさらに精査することが求められる。
岡部信彦(川崎市立多摩病院小児科)[感染症][感染経路][IRPs]