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連載にあたって[もう騙されない!外来に現れるミミック疾患]

登録日:
2022-03-29
最終更新日:
2022-03-29

監修・執筆:谷口洋貴(洛和会音羽病院総合内科部長)

皆さんは,“騙された!”ことはありませんか?

いきなり何の話ですか? 詐欺被害のことですか!? という感じで大変すみません。なにも詐欺にあった話を始めようとしているのではありません。「この疾患だろう」と思って治療を進めていたら,「え,まさかそっちか!」といったことです。似た疾患(ミミッカー)に騙されたことはありませんか,という話です。

ちょっと実例を挙げてみます。

50歳,女性。高血圧症と糖尿病で当科通院中。服薬状況も良く,血圧・血糖値は安定している。
ある日の再診外来で,1カ月くらい前から腹部膨満があるとの訴えがあった。最近便秘がちでもあるとのことであった。腸蠕動音の低下あることから便秘と診断し,内服治療を開始した。
その後,湿性咳嗽が続くため近医を受診し,その際に胸部X線が施行された。“緊急を要する”異常所見を認めたため,当院のERに即日紹介受診されてきた。
内服:アムロジピン5mg,シタグリプチリン50mg,ボグリボース(0.3mg)3錠分3毎食直前。

私は,別の患者の診療に当たっていたところ,ER医師より依頼があったので,バトンタッチでERに到着したところでした。その時,この患者さんが駆け寄って突然すがってきました。

患者「先生,私緊急手術になるかもしれないんです!」
谷口「どうしたのですか?」
患者「ちょっと風邪が続いたので,近くの内科に行きました。そうしたらレントゲンを撮られて,その後,とにかく救急に行きなさい!と急かされて受診したら……。救急の先生が,持ってきたレントゲンを見て顔色を変えられて……緊急手術がいるかもしれない,って急に言われたんです」

不安気な表情で,いつになく目がウルウルしていました。そして,持参された写真がこれです(開業医の先生の写真を当時のデジカメで撮ったので,ちょっと見えにくいかも,です)。

……どうでしょうか? 異常は……そうです。右の下肺野に……というか,肝臓の上に“なにか”あります。free airです! 開業医さんが“緊急を要する異常”として紹介されてきたのも理解できます。

確かにfree air……。患者さんは気が動転してちょっと慌ててはいますが,意識清明,腹痛もなく無症状,基本的にはいつもの様相です。なにせ駆け寄って来れました……“heel drop sign陰性”です (heel drop sign:つま先立ちをして踵を床に強く落とすと腹痛が誘発される診察方法で,虫垂炎や憩室炎などの腹膜炎があると陽性となります。消化管穿孔でも腹膜炎を起こすので同兆候があります)。

ひとまず担当したERの後期研修医のところに行くと,腹部CTが出来上がってきたところでした。そのCTがこちらです。

青矢印のような,free airを認めました。でも……黄矢印も見逃しませんでした。PCI……“pneumatosis cystoides intestinalis”,黄矢印は「腸管気腫症」でした。

青矢印はPCIによる気腹症(pneumoperitoneum)でした。腹痛もなし,発熱なし。このCT画像には写っていませんが,腹水もありません。採血で白血球の上昇や炎症所見も認めませんでした。

なぜPCIを起こしたのでしょうか……。そうです,α-グルコシダーゼ阻害薬です。ボグリボースを服用しています。

念のため,数日絶食で経過観察入院としました。発熱・腹痛は生じませんでした。気腹症は徐々に改善しました。ボグリボースは以後,中止しました。気腹症は再発していません。

気腹症と消化管穿孔……。気腹症でも腹痛や炎症所見を認めることがあり,両者の鑑別に悩むことがありますが,この例のように,無症状でby-chanceに撮影されたX線等で,偶然見つかることがあります。慢性閉塞性肺疾患や膠原病の患者さんでも,生じることがあるようです。

おそろしや,ミミッカー。今回提示した症例は,危うくミミッカーに騙されるところでした。しかし,私たちは騙されてはいけません! ミミックな疾患を知っておけば,鑑別診断に挙げて進むことができるので,かなり安全に検査や治療ができます。そんな疾患たちを,これから紹介して参りたいと思います。

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