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“医療否定本”ブームを考える① 抗がん剤治療の誤解を解く─国民や患者の信頼を取り戻すために【OPINION】

No.4686 (2014年02月15日発行) P.15

勝俣範之 (日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授)

登録日: 2014-02-15

最終更新日: 2017-09-15

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『医者に殺されない…』『抗がん剤は効かない』という本が話題になっています。これらの本が一般読者に多く読まれている背景には、医療への不信感が根強くあると考えられます。

医療不信の原因となっている医師・患者間のコミュニケーション不足や、一部に行われている過剰医療に対しては、我々医療者は真摯に向き合い、対応していく必要があります。がんの治療に対して、いろいろな考え方、選択肢があるということを一般市民に示した点では、これらの本の著者である近藤誠医師の主張は評価できると思います。

ただし、医学的データについて、個人的で偏った見解に基づいて極端な主張をしていることで、患者さんに多くの誤解や混乱をもたらしているのも事実です。また、医学論文を引用しながら解説しているので、がんの専門でない一般の医師や若手医師に対しても誤解をもたらしてしまうのではないかと危惧しています。

本稿では、抗がん剤治療を巡るそうした誤解を解き、その上で、国民や患者さんの信頼を取り戻すために我々医療者は何をすべきか考えたいと思います。

個別化医療で積極的治療が不要ながんを同定

近藤医師は、がんには「がんもどき」と「本物のがん」しかなく、積極的な手術や抗がん剤は不要と主張していますが、これはかなり乱暴な理論です。

確かに、早期がんの一部には積極的治療をしなくても進行しないがんもあり、進行がんでは積極的治療をしても治らないことがあります。がん治療はまだまだ完全ではなく、不確定な部分が多いのは事実です。

しかし、積極的治療により、がんの治療成績が明らかに向上してきたことも、紛れもない医学的事実です。一部の患者さんは過剰治療が該当するかもしれませんが、現代医療では、遺伝子の発現によってがんを何種類かに分類し、積極的治療の必要がないがんを同定しようという個別化医療の研究が多くなされています。

個々の患者さんの検体を利用して、Oncotype DX、MammaPrint1)2)のような特定の遺伝子解析をする検査法で、早期浸潤性乳がんの再発リスクをスコア化し、抗がん剤の不要な患者さんを同定できるようになってきました。ただし、これらの検査法も長期予後の結果はまだ出ておらず、日常診療に標準的に取り入れられているものではありません。

また、特定の遺伝子異常があるがんに対して、分子標的薬を使って治療成績を向上させるという個別化医療も進んでいます。乳がんのハーセプチンは固形がんに世界で初めて臨床応用された分子標的薬ですが、同剤によって乳がんの予後は画期的に改善されました3)

「治験」には人為的操作を行える隙がない

近藤医師の「抗がん剤投与群と無治療群を比較した指数関数曲線において、患者の生存曲線が凸型なのはおかしい。生存期間を長く見せるため何らかの人為的操作が加わった」という主張は、医学的にはまったく根拠がありません。承認に関わる「治験」のデータは、政府による立ち入り調査が行われ、人為的操作を行える隙がありません。1998年の薬事法改正で新GCPが施行され、治験は厳しく規制されて、データ不正はまったくできなくなりました4)

データ不正と言えば、現在大きな問題になっているディオバンの論文不正事件は、治験ではない規制の緩い「医師主導臨床研究」として行われたものです。近藤医師が「人為的操作が加わった」と主張している抗がん剤の臨床試験は「治験」として行われたものであり、「医師主導臨床研究」とはまったく別であること5)を知っておくべきです。

また、カプラン・マイヤー法で描かれる生存曲線は患者さんの死亡速度によって様々な形に変わりうるものであり、時には凸型になることもあります。このような記載は医学統計学の教科書にもきちんと書かれており6)7)、それらを少し勉強すれば、近藤医師の主張は医学的にまったく根拠がないことはすぐ理解できることです。

近藤医師は、日本で行われたクレスチンの臨床試験の結果の解釈が間違っているとLancetにレターを送り掲載されたことがあります8)。そこでの近藤医師の主張は医学的に正しく、素晴らしいものであったと思います。1994年当時は、現在のように臨床試験に対する厳しい規制はなく、曖昧なデータも掲載されていました。

近藤医師は、ご自分の主張を一般誌ではなく学術誌に投稿すべきと思いますが、Lancetへのレター以後は国内外の学術誌にはまったく掲載されていません。だからといって、一般誌に医学的根拠のない記事を掲載するのは、国民・患者さんにとって利益どころか、有害なものになってしまいます。新聞・雑誌等のメディアも、医学記事を掲載する際は、単に著名な医師だからと鵜呑みにするのではなく、科学的根拠があるかどうか、情報を十分吟味することが大切だと思います。

診療ガイドラインには「放置療法」の記載はない

近藤医師は、「がんもどき」理論や「抗がん剤は効かない」理論をさらに発展させて、「がん放置療法」を勧めています。やはりこれも近藤医師の偏った文献解釈によるものであり、医学的・科学的にはまったく根拠はありません。

実際、各種がんの治療法に関しては、各学会からガイドラインが出されていますが9)、「放置療法」についてはまったく記載がありません。唯一、早期前立腺がんには監視療法という治療法がありますが、これは早期前立腺がんの一部に、すぐに積極的治療はせず、進行が認められるまで経過観察を厳重に行う方法であり、近藤医師が言う、がんを放置してまったく治療をしない「放置療法」とは異なるものです。

近藤医師は、5mmで見つかった早期乳がんの患者さんに「放置」を勧めました10)。患者さんのがんは次第に進行し、全身転移となり、18年後に亡くなってしまいました。インフォームド・コンセントは患者さんの自己決定が大切と言われますが、正しい情報を提供されることが大前提です。乳がんは、5mmの早期段階で見つかり手術をすれば、90%以上治ります。正しい情報をきちんと伝えられた上での自己決定だったか疑問です。どのような教科書や診療ガイドラインにも、5mmの乳がんに放置療法を勧めるべきという記載はありません。正しい情報がきちんと伝えられていなかったとすると、インフォームド・コンセント違反にも該当すると思います。

見放さない医療が患者の信頼を取り戻す

もちろん、進行がんにやみくもに抗がん剤治療をするのは良いことではありません。抗がん剤は使い方次第で毒にも薬にもなります。日本では抗がん剤の専門医である腫瘍内科医が少ないため、副作用対策がきちんと行われていない現状や、状態が悪くなり抗がん剤の適応がないにもかかわらず、抗がん剤治療が過剰に行われている現状も一部にはあります。

進行がんの患者さんの治療目標は、がんとより良い共存を目指していくことです。全身状態が悪い患者さんや標準的治療で効果がなかった患者さんに積極的な抗がん剤治療をすべきでないことは、学会レベルで提言されています。

我々専門医は、一方的に抗がん剤を勧める、勧めないというのではなく、患者さんに正しい情報を伝え、良いコミュニケーションを取り、患者さんの生活の質を十分考慮しながら、共に最善の治療方針を考えていくこと(shared decision making:意思決定の共有11))が大切であると思っています。

もう一つ大切なのは、抗がん剤を使用するしないにかかわらず、患者さんを最後まで見放さない、温かい医療を提供していくこと。それが、国民や患者さんの信頼を取り戻すことにつながると信じています。

●文 献

1) Kelly CM, et al:Oncologist. 2010;15(5): 447-56.

2) van de Vijver MJ, et al:N Engl J Med. 2002 Dec 19;347(25):1999-2009.

3) Moja L, et al:Cochrane Database Syst Rev. 2012 Apr 18;4:CD006243.

4) 医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP:Good Clinical Practice)について:厚生労働省. [http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/03/dl/s0329-13l.pdf]

5) 勝俣範之:臨床試験は誰のために. 医学界新聞. 2014;3062.

6) 大橋靖雄, 浜田知久馬:生存時間解析. 1995;21-4.

7) JCOGデータセンター訳:米国SWOGに学ぶがん臨床試験の実践 第2版. 2013:12-5.

8) Kondo M:Lancet. 1994 Jul 23;344(8917): 274.

9) Minds(マインズ)ガイドラインセンター. [http://minds.jcqhc.or.jp/n/top.php#]

10)「自ら考え、決める」貫く がん患者の記録映画各地で上映. 東京新聞. 2013.10.17.

11) 佐藤恵子:日本のインフォームド・コンセント再考. 厚生労働科学研究補助金 医療の発展と患者の保護をめぐる倫理・法の現代的課題に関する研究 平成20年度総括・分担報告書. 2009;75-90.

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