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(30) 眼科学[特集:臨床医学の展望]

No.4740 (2015年02月28日発行) P.138

橋田徳康 (大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)特任講師)

西田幸二 (大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)教授)

登録日: 2016-09-01

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  • ■眼科疾患におけるアンメットメディカルニーズに対する研究戦略が加速する

    平均寿命の延長に伴う老齢人口の増加により,社会の高齢化は地球規模で加速しつつある。WHOが出している2014年度版「世界保健統計」によると,2013年におけるわが国の平均寿命は男性80.2歳,女性86.6歳と,男性は初めて80歳を超え,女性は世界一,といずれも過去最高に達している。平均寿命とは別に,健康寿命(健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間)があり,平均寿命の延伸に伴って,平均寿命と健康寿命の差がより拡大すれば,老齢者のquality of life(QOL)の低下だけでなく医療費や介護給付費の増大など,社会経済的損失につながる可能性がある。
    人間の五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)の中で,視覚から得られる情報は83%という報告があり,人間の認知・識別反応における視覚情報の占める割合は非常に高く,quality of visionの低下は即,QOLの低下につながる。視覚機能を維持することは重要であるが,現在ある疾患に対する治療だけでなく,きたるべき少子高齢化社会の到来による疾患構造の変化に伴う生活習慣病やがん,認知症などの新たなアンメットメディカルニーズ(unmet medical needs:いまだに治療法がみつかっていない疾患に対する医療ニーズ)に対する取り組みが重要視されてきている。
    眼科領域においては,結膜炎に代表される感染症診療を中心とした「レッドアイ」クリニックから,白内障,ドライアイ,網膜疾患などに代表される「ホワイトアイ」クリニックへと診療の変遷がみられてきた。2000年以降には,視機能の改善・維持に重点が置かれ,角膜形状解析,網膜光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT),波面センサー,前眼部光干渉断層計,角膜力学特性検査などの検査機器の開発および診断ツール開発が進み,これらの技術革新が新たな医療ニーズを萌芽させている。これらのアンメットメディカルニーズに対する挑戦を通じて,今後,様々な眼科領域での診断と治療のパラダイムシフトが加速していくと考えられる。

    TOPIC 1

    iPS細胞を用いた再生医療においてFirst in Human臨床研究が加速する

    (1)iPS細胞を用いた再生医療の幕開け

    2012年,山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所所長・教授のノーベル医学・生理学賞の受賞を受けて,国家プロジェクトとしての再生医療研究が爆発的に進み,iPS細胞が国民に広く認知されるようになった。2013年9月12日,iPS細胞を用いた再生医療の確立に向けた臨床研究が幕を開けた。世界1例目となる,加齢黄斑変性の70歳代の女性患者に,iPS細胞から作製した網膜色素上皮シートの移植手術が施行された。
    今回の臨床研究は,安全性や視機能への影響の評価をみるため長期にわたって経過観察される予定であるが,今後,first in human臨床研究におけるiPS細胞の安全性が実証され,網膜色素変性に対する再生医療など,様々な臨床研究が行われるようになることが予測される。他の臓器・組織に先行して今回の臨床応用の実現に至ることができたのも,眼科疾患研究の優位性として,外から生きたまま観察可能で評価が簡便である点や外科的介入が容易である点など安全性を検証していくための好条件が揃っていたことが考えられる。

    (2)角膜疾患における再生医療

    眼科領域からも,その他いくつかの再生医療プロジェクトが進行中で,「再生医療の実現」を担う文部科学省と厚生労働省による「研究開発の長期支援・橋渡し」をするプロジェクト「再生医療の実現化ハイウェイ」に,角膜領域から2課題が他に採択されており,大阪大学を代表機関とする研究課題「iPS細胞を用いた角膜再生治療法の開発」と,京都府立医科大学を代表機関とする研究課題「培養ヒト角膜内皮細胞移植による角膜内皮再生医療の実現化」が進行中である。2015年は,日本初のfirst in human臨床研究がますます加速していくと考えられる。
    角膜上皮の再生医療は,1990年代後半に臨床応用が開始された。従来法では,健眼の角膜輪部より上皮細胞を採取しシート状にして自家移植する方法であったが,細胞採取の侵襲の強さと両眼性の患者には実施できない問題点があり,また他家移植では拒絶反応の問題点もあることより,患者の口腔粘膜から角膜上皮様の培養シートを作成し,自家移植する方法が開発された1)。現在は,「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」のもとで国内の数施設で臨床研究の枠組みで実施されている。
    しかし,長期観察例で角膜血管侵入が起こり,その結果,角膜上皮下混濁により視力低下が起こる症例がある。その理由として,口腔粘膜由来の上皮シートは角膜上皮層とは異なった特性を有している可能性がある。そこで,iPS細胞をセルソースとして用い,ヒトiPS細胞から角膜上皮前駆細胞・角膜上皮細胞を分化誘導する方法を確立し,重層化した培養上皮シートを家兎モデルに移植した結果,角膜上皮が再建できることが確認され,研究が進んでいる。

    (3)iPS研究の将来展望

    また,iPS細胞を使った角膜内皮の再生医療においては,角膜移植の半数以上を占める水疱性角膜症の治療に向けて,角膜移植のドナーの慢性的な不足を解消するべく,研究が進んでいる。角膜内皮は上皮と比較して拒絶反応を起こしにくい細胞であるが,できるだけ拒絶反応を避けるために,日本人に頻度の高いHLA型を持ったドナーから作製したiPS細胞を用いて培養角膜内皮シートを大量に作成し,バンク化する戦略がある。iPS細胞から誘導した内皮細胞シートを水疱性角膜症サルモデルに移植する動物実験がすでに行われており,臨床研究が数年以内に開始される予定である。
    現在の医師法の下では,移植用細胞を医療機関で作製しなければならない縛りがあるが,外部企業に委託できるように法改正が進んでおり,近い将来,薬事法のひとつの枠組みとして再生医療製品の早期承認制度が導入される見込みであり,企業が参画しやすいインフラ整備がさらに進み,国家レベルで再生医療が加速する土台が整備されてくると思われる。今後は,日本発の世界の標準治療の確立に向けて,この分野での基礎研究・臨床研究が加速していくものと予想される。

    【文献】

    1) Nishida K, et al:N Engl J Med. 2004;351(12): 1187-96.

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