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(24) 麻酔科学[特集:臨床医学の展望]

No.4740 (2015年02月28日発行) P.113

武田純三 (慶應義塾大学客員教授,国立病院機構東京医療センター院長)

登録日: 2016-09-01

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  • ■臨床麻酔の動向

    理想的麻酔薬として,作用発現が早い,持続時間が短い,副作用が少ない,作用が残らない,などが挙げられる。現在臨床使用されている静脈麻酔薬のプロポフォール,麻薬性鎮痛薬のレミフェンタニルなどは,これらの条件に近づいてきている。
    吸入麻酔薬のデスフルランは,麻酔の導入・覚醒が早いものの,頻脈を起こすことや刺激臭,特殊な気化器が必要,などの欠点があり,普及するか不安であったが,予想以上に使用されている。一方,長い間使われてきた亜酸化窒素(笑気)が,悪心・嘔吐の頻度を高めるため避けられている。また,亜酸化窒素には比較的強い鎮痛作用があるが,麻薬性鎮痛薬のレミフェンタニルの出現によって,使用量がさらに落ち込んでいる。
    筋弛緩薬の残存は,麻酔の覚醒遅延と術後合併症の重要な原因と考えられる。しかし,スガマデクスの出現により非脱分極性筋弛緩薬の効力を短時間で消失させることができるようになり,筋弛緩薬のリバースを迅速かつ確実に行えるようになった。また,アトロピンやネオスチグミンが不要となり,循環動態の変化を回避できるようになった。しかし,新たにアナフィラキシーの発症が問題となっており,その発生機序に興味が持たれている。
    麻薬性鎮痛薬の,非がん性疼痛患者への適応拡大が進んでいる。がん患者と異なり,かなりの長期間使用することになることや,患者の訴えが強い場合が多く,増量・過量傾向になりやすいため,適正使用が望まれる。

    TOPIC 1

    代用血漿製剤

    術中輸液にはリンゲル液をベースとする乳酸リンゲル液,酢酸リンゲル液,重炭酸リンゲルなどの晶質液が用いられてきた。投与された晶質液のうち,血管内に残るのは1/4程度であって,投与後の短時間しか血管内容量を維持する効果がない。一方で,膠質浸透圧を有するヒドロキシエチルデンプン(hydroxyethyl starch:HES)製剤は,血管内に長時間残るので,血管内容量維持効果が期待される。
    「代用血漿・血漿増量薬」としてわが国では,デキストランとHES(ヘスパンダー,サリンヘス)の2種類が用いられてきたが,現在は主にHES製剤が用いられている。HES製剤は,均一な分子量のHES分子で構成されているのではなく,平均分子量を中心に高分子から低分子までの分布を持っている。低い分子量成分は腎から早く排泄されるため,血管内容量を保つ効果の時間は短い。また,アミラーゼによる分解は,濃度が高く,分子量が大きく,ヒドロキシエチル基に置換されているグルコピラノース環の割合を表す置換度が大きく,ヒドロキシエチル基のついている炭素原子位置の2位と6位の割合のC2/C6比が高いと,遅くなる1)
    日本でこれまで使われてきたHES製剤は,重量平均分子量70kDa,置換度0.5で,海外で使用されている製剤に比べて分子量が小さい。また,腎障害を発生させるので,できるだけ控えるべきと信じられてきたため,その使用には消極的であったと言える。厚生労働省の「血液製剤の使用指針」2)では,「循環血液量の20~50%の出血量に対しては,人工膠質液〔ヒドロキシエチルデンプン(HES),デキストランなど〕を投与する」こととなっており,「循環血液量の50~100%の出血では,適宜等張アルブミン製剤を投与する。なお,人工膠質液を1000mL以上必要とする場合にも等張アルブミン製剤の使用を考慮する」となっている。添付文書では,投与上限が20mL/kgとされている。
    2013年の秋に,新しいHES製剤であるボルベン輸液6%が発売された。これはトウモロコシ原料による第3世代のHES製剤で,重量平均分子量が130kDa,置換度0.4,C2/C6比9である。ヘスパンダーも同じ6%であるが,分子量が約2倍なので,分子数は半分となる。ヘスパンダーに比べて置換度が低いが,C2/C6比が高いため,持続時間が長く血管内容量維持効果が大きい。
    HES製剤を使用する上での懸念は,腎障害の発生であった。これまでのHES製剤の使用上限は,腎組織の病理学的変化に基づいていると思われるが,出血性ショック患者に投与したデータであること,投与したHES製剤が出血として体外に排泄されることも考えられ,現状ではその根拠が疑問視されている1)。一方,ボルベン輸液6%は置換度が小さく,代謝が速やかであることから,大量出血での投与が腎障害のリスクを増加させることはないと考えられており,50mL/kgまでの使用が認められた。このことにより,大量出血時の血液製剤,とりわけアルブミンの使用量を減少させる効果が期待されている。
    ボルベンが発売される直前の2014年6月に,欧州規制当局薬剤安全性委員会が,重症敗血症患者にHESを投与すると,腎障害や死亡率が高くなるという報告を出し,HES製剤の販売停止勧告を出した3)。その後反論が出されたが,日本でもその影響を受け,添付文書には警告として,「重症敗血症等の重症患者管理における相対的な循環血液量低下で本剤を使用した場合には,患者の状態を悪化させるおそれがあるため,治療上の有益性が危険性を上回る場合にのみ投与すること(「その他の注意」の項参照)」と記載されている。
    凝固系に関しては,稀釈による影響として凝固因子の稀釈,低Ca血症,HES分子による影響として第Ⅷ因子およびフォンウィルブランド因子の低下,血小板と基底膜の接着減少の抑制,血小板の凝集反応抑制,フィブリンの重合反応の阻害,などがあるが,置換度が低く生体内分子量が速やかに低下するボルベンでは,凝固系への影響は小さいと考えられている3)
    経食道心エコーや非侵襲的あるいは低侵襲による持続的心拍出量を推定するモニターの普及と,血管内容量調節に効果的に反応してくれるボルベンの発売により,心拍出量の維持を目標とした目標指向型治療(goal oriented therapy)の概念が広がっている。術中輸液がリンゲル中心から,HESを併用とした輸液に変革していく可能性を秘めている。

    【文献】
    1) 小竹良文,他:日臨麻会誌. 2014;34(4):549-55.
    2) 「血液製剤の使用指針」(改定版)平成17年9月(平成24年3月一部改正), 厚生労働省医薬食品局血液対策課.
    [http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/iyaku/kenketsugo/dl/tekisei-02.pdf]
    3) 宮尾秀樹:日臨麻会誌. 2014;34(5):788-95.

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