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糖尿病性腎症における尿細管の代謝障害の治療と病態予後

No.4717 (2014年09月20日発行) P.63

脇野 修 (慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科)

伊藤 裕 (慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科教授)

登録日: 2014-09-20

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

「平成25年度日本内科学会生涯教育講演会6.メタボリックシンドロームと慢性腎臓病(CKD)」では,糖尿病性腎症において,ミトコンドリアの異常な近位尿細管の代謝障害がまず起こり,糸球体足細胞の機能低下が生じ,その結果糸球体障害が起こる可能性があると発表された。
ヒトのサーチュイン遺伝子はSirt1~7が知られている。Sirt1の減少により糸球体足細胞のSirt1発現が低下し,接着分子Claudin-1の発現が上昇し,糸球体slit機能が障害されてアルブミン尿が出現する,とのことである。治療法も含めた病態予後について,文献を併せて詳細に。慶應義塾大学の伊藤 裕教授に。 (青森県 W)

【A】

糖尿病は各組織において糖代謝異常をきたす代謝疾患である。したがって,腎臓の中でエネルギー代謝の最も盛んな細胞である近位尿細管細胞では早期にエネルギー代謝の破綻が現れる。このことが糖尿病性腎症の発症機序に深く寄与するはずと考えられる。
筆者らはエネルギー代謝の調節因子の近位尿細管での意義に注目してきた。Sirt1はカロリー制限による寿命延長の責任分子であり,NAD依存性脱アセチル化酵素である。その標的分子には糖,脂質代謝の調節因子が多数含まれ,Sirt1は細胞のエネルギー代謝の中心的調節因子と考えられる。そこで筆者ら(文献1) は糖尿病性腎症患者における近位尿細管でのSirt1の機能に注目し,検討した。その結果,糖尿病の発症,すなわち血糖上昇に伴ってまず近位尿細管のSirt1の発現が低下しはじめ,その後,糸球体のSirt1の発現が低下し,糸球体のバリア機能をつかさどるポドサイトの足突起が消失し,その結果,アルブミン尿が出現するという時間的経緯を明らかにした。この近位尿細管におけるSirt1の発現低下が防がれている近位尿細管特異的Sirt1過剰発現マウスではアルブミン尿の発症が抑えられ,ポドサイトの足突起の回復が認められた。
糖尿病においては糸球体にtight junction蛋白であるClaudin-1の異所性の発現が上昇する。その一方で,糸球体バリア機能を維持するslit膜の維持に関わる分子であるpodocin,synaptopodinの発現が低下する。近位尿細管特異的Sirt1過剰発現マウスではこのClaudin-1の発現上昇が抑制され,糸球体機能が正常化したことを明らかにした。すなわち,早期に生じる近位尿細管の代謝異常はその後の糸球体病変や,足細胞の構造および機能に影響を及ぼすと考えられる。
筆者らはこの尿細管から糸球体への病変の波及,連関を尿細管─糸球体連関と名付け,糖尿病性腎症発症初期の新たな病態として提唱した。そして,その仲介物質としてニコチン酸代謝の中間代謝産物であるNMN(nicotinamide mononucleotide)を同定し,近位尿細管から分泌されるNMNの低下が尿細管─糸球体連関の引き金になることを証明した(文献1)。
この連関の糖尿病性腎症の予後における役割については現在検討課題である。臨床的にアルブミン尿は糖尿病性腎症の予後不良因子であり(文献2),アルブミン尿自体が尿細管障害を引き起こすことから(文献3),NMNレベルの低下は予後に関与する可能性があると思われる。今後,NMN,Claudin-1の尿中排泄と糖尿病性腎症の予後との関連を明らかにし,尿細管-糸球体連関の臨床的意義を明らかにする必要がある。
糖尿病性腎症の治療に関してはこの尿細管─糸球体連関の回復という点で,Sirt1の活性化剤の使用が挙げられる。Sirt1の活性化剤としては赤ワインに含まれるポリフェノール,レスベラトロールが知られている。レスベラトロール150mg/日を肥満男性に30日間投与した検討(文献4)や,10mg/日を2型糖尿病患者に30日間投与した検討(文献5)によると,これらはインスリン感受性を改善させるが,心血管合併症発症を抑制するかどうかや,Sirt1活性化をきたすかどうかについては確定した結果は得られていない。腎障害に対する効果に関しても動物実験ではレスベラトロールの腎保護作用が報告されている(文献6,7)が,ヒトでの検討は皆無であり,今後の課題が残されている。
また,NMNの補充も選択肢として挙げられる。近年,NMNが糖尿病マウスにおいて血糖を正常化したという報告(文献8)もあり,今後の発展が期待される分野と考えられる。

【文献】


1) Hasegawa K, et al:Nat Med. 2013;19(11):1496 -504.
2) Keane WF, et al:Kidney Int. 2003;63(4):1499-507.
3) Abbate M, et al:J Am Soc Nephrol. 2006;17 (11):2974-84.
4) Timmers S, et al:Cell Metab. 2011;14(5):612-22.
5) Brasnyo P, et al:Br J Nutr. 2011;106(3):383-9.
6) Holthoff JH, et al:Kidney Int. 2012;81(4): 370-8.
7) Tikoo K, et al:Free Radic Res. 2008;42(4):397 -404.
8) Yoshino J, et al:Cell Metab. 2011;14(4):528-36.

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