株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

大腸癌に低分化型腺癌の発生頻度が少ない理由

No.4712 (2014年08月16日発行) P.64

牛久哲男 (東京大学大学院医学系研究科人体病理学・病理診断学准教授)

深山正久 (東京大学大学院医学系研究科人体病理学・病理診断学教授)

登録日: 2014-08-16

最終更新日: 2016-12-12

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【Q】

なぜ大腸癌は胃癌などに比較して低分化型腺癌,印環細胞癌の割合が少ないのか。
低分化型腺癌の発生頻度が低いメカニズムについて。 (大阪府 Y)

【A】

ご指摘のように胃癌組織分類では,低分化型腺癌や印環細胞癌を未分化型胃癌,あるいはびまん性胃癌と一括して総称し,これと分化型胃癌とで二大別しているが,多くの症例で組織像が多様であることが知られている。一方,大腸癌では大半が分化型で,多様性も乏しい。

(1)母細胞の特性から考える
「がんは発生した母組織,母細胞を模倣する」という現象がある。胃には2種類の細胞移動の流れがあり,1つは腺窩上皮が腺頸部から上向性に「ところてん」方式(pipe-line flow)に分化するとされ,もう1つは腺細胞が下方に「抜きつ抜かれつ」方式(stochastic flow)で移動するとされている(文献1) 。胃癌の分化型癌では前者,印環細胞癌では後者の性質を模倣している,と考えることができる。腸上皮化生でも,大腸でも細胞移動の流れは1種類で胃の「ところてん」方式と同様である。「母細胞の模倣」現象の詳細な分子機構は不明であるが,実際,微小癌の検討でも,胃癌の初期像は管状腺癌か印環細胞癌のいずれかであるとされている(文献2,3)。一方,大腸癌の多くは腺腫由来の分化型癌として発生し,de novo癌の場合でも初期像は管状腺癌である。
さらに,胃癌の一部は進展に伴って分化型癌から未分化型成分を交えた混合型の頻度が高くなっていく。その割合も大腸癌より胃癌のほうが圧倒的に多いことも事実である(図1)。がんの不均一性,多様性を生み出す分子機構も,今後検討していかなければならない課題の1つであるが,興味深いことに胃癌で粘膜下に浸潤したがんを検討すると,粘膜下で多様な組織像をとる胃癌では粘膜内のレベルで既に組織像が多様化しているという報告もある(文献4)。非常に分化した管状腺癌の粘液形質が胃型の性質を持つ場合,純粋腸型とは異なって低分化型胃癌成分を伴うことがある,という事実もある(文献5)ので,胃の上皮細胞固有の性質が多様な分化と関連しているものと思われる。

(2)分子機序から考える
印環細胞の分子機構に注目して,質問について考えてみる。遺伝性びまん性胃癌はニュージーランドのマオリ族で見出された。これは遺伝的にE-cadherin遺伝子に変異がありE-cadherinの機能不全を引き起こすというものである。この家系では胃に印環細胞癌が多発し,女性では乳腺小葉癌も好発するが,大腸癌の発生は稀である(文献6)。つまり,E-cadherin機能不全の大腸癌発生への関与は限定的であると考えられる。
さて,通常の胃の印環細胞癌,あるいは未分化型胃癌の半数に変異,メチル化,染色体欠失などの機序で,E-cadherin分子異常が起きている。一方,大腸癌では,E-cadherin分子異常は癌浸潤先端部で認められるが比較的頻度が低い。遺伝性びまん性胃癌の初期像は正常腺管の基底膜内に発生し,分芽して粘膜固有層に浸潤するが,大腸癌で稀にみられる印環細胞癌では1/3~1/2でマイクロサテライト不安定性を示し,通常は腺腫や分化型癌から変化して発生するとされている(文献7,8)。
E-cadherin異常のもたらす結果の違いという現象も,胃と大腸の母細胞,母組織の特性の違いに基づくものであろう。
以上,2つの観点で考えてきたが,本質問への回答としては,「癌化という現象は,臓器固有の幹細胞に起こるゲノム,エピゲノム異常に由来する」と,まとめることができる。

【文献】


1) 藤田晢也:日病会誌. 1981;70:23-54.
2) 中村恭一:胃癌の構造. 第3版. 医学書院, 2005.
3) 滝澤登一郎:胃の病理形態学. 医学書院, 2003.
4) 伊東干城,他:胃と腸. 2007;42(1):7-13.
5) Ushiku T, et al:Mod Pathol. 2013;26(12):1620-31.
6) Seevaratnam R, et al:Gastric Cancer. 2012;15: S153-63.
7) Alexander J, et al:Am J Pathol. 2001;158(2):527-35.
8) Kawabata Y, et al:Int J Cancer. 1999;84(1):33-8.

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連物件情報

もっと見る

page top