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救急搬送増、問題の根本の直視を [お茶の水だより]

No.4731 (2014年12月27日発行) P.8

登録日: 2014-12-27

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▼報道特集「看取りのいま」(12月6日号)で、救急医の先生方を取材した。年間の救急出動件数は約591万件(2013年)という高頻度だが、これほど救急車が呼ばれるのはなぜなのか。お話を伺った複数の医師が、社会から「健全な死生観」が失われたことを一因として指摘したのが興味深かった。
▼「健全な死生観」とは「人はいつか死ぬ」という現実の自覚だと言う。皆保険制度と医療技術の進歩により、日本は全国どこでも一定水準の医療を受けられるようになり、長寿社会が実現した反面、「医療は無限に受けられる」という誤った認識が広まり、人々の間から医療資源だけでなく命の有限性に対する意識までもが薄らいでいった。それが重症度によらない安易な救急要請を生じたと言うのだ。
▼救急要請の増加が生んだ軋みに、傷病者の受入れ先選定に長時間を要する「搬送困難事例」が挙げられる。中でも、救急隊が現場で得られる医療情報の少ない独居高齢者、医療提供の乏しい施設に入居する高齢者は、搬送困難に陥りやすい上に今後も増加が見込まれている。
▼その解決策として、ICT(情報通信技術)の導入による情報共有に期待が寄せられている。埼玉県は今年4月、新たな救急医療情報システムを始動した。県内の全ての救急車に配備したタブレット端末に、救急隊が傷病者の症状や搬送したい診療科を入力すると、応需可能な医療機関がリアルタイムで分かるようになっている。受入れ照会が4回以上の事案は、システム導入前と比べて約4分の1になった。ICTが搬送困難事例の解消に寄与することを示す好例だ。
▼ただ、ICT導入だけがこの問題を解決する道ではない。搬送困難に陥りやすい傷病者は、地域の在宅医療や福祉の対象者でもある。施設が診療所や後方支援病院と連携するなどして、延命を望まない意思表示のある入居者の心肺停止時には職員や医師が看取るという方法も考えられる。病歴や服薬歴、緊急時の対応などについて医師と介護職で共有できれば、不要不急の救急要請はある程度減らせるはずだ。
▼その上で、医療資源と命の有限性という問題の根本を直視する必要がある。取材先では、「地域に救急車が何台あり、1日に何件出動しているのか知ってもらうべき」「敬老の日を国民全体で命について考える日にしてはどうか」という声を聞いた。ICT導入や地域連携と並行して、医療と命の有限性を巡り国民全体で共通理解を得ることが求められている。

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