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【識者の眼】「『PD“S”Aサイクル』の活用を」小倉和也

No.5201 (2023年12月30日発行) P.51

小倉和也 (NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク共同代表、医療法人はちのへファミリークリニック理事長)

登録日: 2023-12-14

最終更新日: 2023-12-14

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地域包括ケアの評価の見える化やPDCAサイクルを回しての改善が、評価・改善の手法となっている。そこには大きく以下の3つの課題があると考える。

①評価・立案への、受益者としての患者・利用者・市民の参画の度合いがきわめて低く、現場の実際の課題が掘り起こされないまま放置されていること
②掘り起こされた課題も改善しないまま次年度に先送りされることが常態化していること
③本来上記①②を解決できるはずの改善サイクルとしてのPDCAサイクルが機能していないこと

W. E. Demingが提唱したと思われているPDCAサイクルは、日本の高度成長期からの製品の品質管理・向上に貢献したことが知られている。しかし、Deming自身はマネジメントの改善手法としてPD“S”Aサイクルを提唱している。

PDSAサイクルとは、PDCAと同様科学的手法やpragmatismなどに由来するもので1)、仮説や改善案を作成(Plan)・試行(Do)し、その結果を考察(Study)して適用(Act)する、または試行がうまくいかなければ別の方法を試すなどサイクルを早く回すことで改善を促すものだ。受益者と提供者を含む全体をシステムとしてとらえて、それぞれが競合することなくwin-winの関係で共通の目的達成のために改善するこの手法は、まさに地域包括ケアの構築に最適と思われる。

Demingの主張によると2)、これが機能するためには、

①受益者を含め、システムに関わる全体を評価者に加えた包括的評価により、課題をもれなく引き出すこと
②課題解決のための仮説や改善策など新しい試みを小規模に実施し、良ければ全体に適用、課題があればさらに小規模のトライアル、というサイクルを早く回すこと
③炙り出された課題は必ず解決または新たな改善策を試す形で次のサイクルに進むことで、同じレベルで回るだけでなく、一段上のレベルに向上するサイクルにすること

が重要であるという。

しかし、行政が中心となりPDCAサイクルを回す場合、本来のサイクルとはかけ離れたものとなってしまうことが多い。地区医師会の地域包括支援センター委託事業の担当理事として自センターの評価を市に提出し、それを市の健康福祉審議会健康・保健専門分科会の委員長として審議する立場も経験したが、委託を受けたセンターが自己評価で点数化したレーダーチャートを、市民委員が1人しか含まれない分科会で評価するだけであり、改善に結びつけることは難しいのが現状であった。

日本における地域包括ケアと地域共生社会の取り組みは、未知のAIを生み出しその活用を試みるのと同じく、人類が経験したことのない少子高齢化を克服するために、今までにない仕組みを試行錯誤で生み出すプロセスだ。

AIの開発と活用を進めるMicrosoft社のKevin ScottとSarah Birdが言うように3)、提供者だけで考えても正解はわからない。市民や利用者とともに試した結果をしっかり考察して次に活かすプロセスを繰り返すことが、正解にたどり着く唯一の方法なのだ。

【文献】

1)Moen RD, et al:Quality Progress. 2010;43(11):22-8.
https://qicentral.rcpch.ac.uk/wp-content/uploads/sites/9/2021/10/Moen-and-Norman-on-Deming-circling-back-ph556x.pdf

2)Deming WE:The New Economics for Industry, Government, Education. 3rd ed. MIT Press, 2018.

3)THE NEW YORKER公式サイト:THE INSIDE STORY OF MICROSOFT’S PARTNERSHIP WITH OPENAI.(2023年12月1日)
https://www.newyorker.com/magazine/2023/12/11/the-inside-story-of-microsofts-partnership-with-openai

小倉和也(NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク共同代表、医療法人はちのへファミリークリニック理事長)[地域包括ケア][マネジメントの改善]

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