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【識者の眼】「『スピードキューバー』誕生?」渡部麻衣子

No.5179 (2023年07月29日発行) P.67

渡部麻衣子 (自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)

登録日: 2023-07-19

最終更新日: 2023-07-19

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今回のコラムは若干親馬鹿のきらいがあることを、あらかじめお断りしておきます。

先月、10歳の誕生日を迎えた次女に、プレゼントは何がいいかと聞くと「ルービックキューブ」と言うので取り寄せました。1面9個のブロックの色を揃える立方体のパズルゲームです。この手のもので親を頼っても無駄なことを学んでいる彼女は、YouTubeで先生を探し当て、あっという間に独学で解法を習得しました。何も知らない私は、解法が公開されている時代は解くのも楽だねと思ったわけですが、実際に教えてもらっても8手中の2手目でギブアップ。珍紛漢紛とはこのことです。その隣で次女は着々と腕を上げ、ひと月もしないうちに平均1分半で解くようになってしまいました。国際大会の決勝戦の制限時間が1分なので、間もなく決勝戦を目指せるレベル……。

ではない、ということが、Netflixオリジナルドキュメンタリー『スピードキューバーズ:世界を見据えて』を観るとわかります。決勝戦は10秒を切る戦いなのです。このドキュメンタリーでは、療育の一環としてはじめたルービックキューブで才能を開花させた世界王者マックスと、そのライバルで世界記録保持者のフェリックスの友情を軸に、スピードキュービングの世界が描かれます。秀逸なのは、マックスの「障がい」の映し方です。ルービックキューブを通した若者たちの成長や友情に光を当てることで、マックスがルービックキューブをはじめるきっかけとなった「自閉症」が、映画の進行とともに後景に退いていく構成となっているのです。

けれども、大会の一場面でマックスが単に「王者!」と紹介される中、女性で初めて決勝戦に進出したフランス代表が、「女性初!」とアナウンスされていることに気がついてしまった私は、この作品を次女に観せるかを一瞬迷いました。スピードキュービングの世界で女性が少数派であるという、映画が意図せず映し出す事実が、彼女のやる気を削いでしまうことを恐れたからです。自分と同じ属性の人が少ない種目を続けるには、平均以上の強い関心が必要ではないでしょうか。一方、この作品は、同じ種目に強い関心を持つ者たちが集えば、障がいや国籍など、他者に与えられた分類を超えた友情が生まれ得ることも教えてくれています。次女の「ルービックキューブ依存症」がどれくらい続くかはわかりませんが、このより善い可能性のほうに賭けて、次女と映画を観はじめたばかりです。

渡部麻衣子(自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)[少数派][友情]

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