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悲観的楽観者 [フィロソフィア・メディカ2(1)]

No.4809 (2016年06月25日発行) P.66

中田 力 (新潟大学名誉教授・カリフォルニア大学名誉教授)

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-01-24

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  • 2070年

    20年以上前のことである。
    米国リベラル派のシンクタンクの会に参加していたことがある。
    カリフォルニアのボスの1人目の奥さんの長女が、ボス同様に天才だった。彼女と関係した会だった。
    高校時代から名をはせていた彼女は、カリフォルニア大学バークレー校からの「大学から大学院まですべて特待生として迎えたい」という提案を蹴って、英国オックスフォード大学に進んだ。オックスフォードでの専攻はカオス物理学だったが、帰国すると、一転して、ハーバード大学のビジネススクールに身を置いた。
    ボストンに向かう前日に私のオフィスに立ち寄った彼女に、私は、なぜビジネススクールなのかと尋ねてみた。
    子供の頃と変わらない悪戯っぽい目で私を見た彼女は、

    「トムもたいしたことないわね。今の経済はみんなカオスなのよ」

    と、微笑んだ。

    (たしかに!)

    MBAを取得した彼女は、その後、リベラル派のシンクタンクに入った。
    当時、医療保険制度の見直しが大きなテーマだった米国では、私のような臨床医が議論に参加する機会も多かったが、彼女のおかげで割と中心的な会に参加することもあった。
    米国型民主主義には、現場で実践に関わっている知識人の意見を重んじるという特徴がある。
    「模範となる人(role model)」と呼ばれる存在なのだが、日本のように机に向かっている識者ではなく、現場で忙しく動き回っている経験豊富な人間を指す。当時、「ジャングル病院」と呼ばれる低所得者対象のカリフォルニア大学系教育病院1)で臨床を教えていた私は、その1人と見なされていた。
    結果的には、臨床医の意見よりも経済界の意見を重んじたクリントン政権の失策により、米国医療は暗黒の時代に突入するのだが、当時、国民皆保険制度の良し悪しに関して、活発な議論がなされていたのである。
    スタンフォードで行われた会議でのことだった。
    1日目の熱い議論が終わり、就眠前のホテルのロビーになんとなく集まった参加者は、会議の演題とは全く違った命題の議論を始めた。シンクタンク切っての知識人と評された1人が始めたそのディスカッションは「人類滅亡のシナリオとその対処法」であった。
    結論はかなり悲観的だった。
    放置すれば、人類は2070年までもたないとのことである。
    理由は3つ、食糧不足、二酸化炭素、そして、新種のウイルスである。不思議なことに、どのシナリオでも人類が危うくなる時期が一致しており、2070年になるのである。
    米国最高峰のシンクタンクの結論が現実化する確率がかなり高いことを知っていた妻が、

    「もっと長く見積もりなさい」

    と、怒っていたことを思い出す。
    詳しい内容は改めて説明することとするが、当時は「遊びの議論」として扱われていた人類滅亡へのプロセスが、今ではかなりはっきりと目に見えてきていることは確かなようである。

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