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【識者の眼】「そろそろ、“医療の正義”の話をしよう」小豆畑丈夫

No.5100 (2022年01月22日発行) P.58

小豆畑丈夫 (青燈会小豆畑病院理事長・病院長)

登録日: 2022-01-11

最終更新日: 2022-01-11

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新型コロナ感染症の拡大は、大阪や東京などの特定の地域において、行政担当者および救急医療や感染症医療に関わる医療者に、危機感と終末期感を、ある一定期間において与えたことは間違いがないようである。これは医療危機であった。我々の日常には、様々な「矛盾や誤魔化し」が隠されている。これは今までの歴史的な背景があり、変化した時代と、変えずにきた習慣のずれから生じる矛盾もあるだろう。また、明らかな意思を持った誰かによって、我々の日常生活にかすめ入れられた誤魔化しもたくさんあるように思う。これは、この事実を声高に説明すれば、必ず、強く反発される恐れがあるような事柄が多い。そのような事柄は、いつの間にか日常に潜り込ませるのが良いことを、為政者や力のある賢い人は知っている。我々日常生活者は、その誤魔化しに気づくことは稀である。稀というより、考えないようにしているのかもしれない。それでも、日々は回っていくからである。そして、我々は、世の中がいつの間にか変わってしまっていることに気づく。「あれ、いつからそうなったのだ? でも、みんなが反対するわけでもないから、そう、問題ないだろう」と受け入れてしまうのである。

しかし、危機の時には様相が変わる。世の中の「矛盾や誤魔化し」が一気に見えてくることがあるのだ。真っ暗な映画館にいて、いきなり映写が始まるが如く浮かび上がってくる。それは、「矛盾や誤魔化し」が直接自分に降りかかってくるからだ。特に、医療危機の場合、それは自分の健康や生命を左右する問題として、である。このコロナ危機において、私はいくつかの日本の医療の「矛盾と誤魔化し」を感じることがあった。同じようなことに気づかれた人は、私の他にもいるはずである。所々で、時代や社会に敏感な方々が、日本の医療に違和感を持っているというコメントを見つけるからだ。私はそれを心強く感じる。しかし、少し残念なのは、それらのコメントは自らの専門性の枠から超えうるものがあまりないことである。つまり、自分の意見を理解してくれそうな人をのみ対象にしているのだ。それでは、問題提起としての力は弱い。

幸福なことに、12回の連載の機会を頂いた。読者を特定できないこの誌上で、私が感じた日本の医療の「矛盾と誤魔化し」を私の思考に定着させる試みを行いたい。それは、きっと、“医療の正義”を考えることにつながると思うからである。

小豆畑 丈夫(青燈会小豆畑病院理事長・病院長)[医療の正義①]

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