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入居型施設の生活介護・ケアのための具体的な感染対策の探索─「入居型高齢者施設における日常的な入居者介助のための感染対策手順書」(AMED)を作成して

No.5085 (2021年10月09日発行) P.34

笹原鉄平 (自治医科大学附属病院感染制御部副部長)

吉村 章 (日新病院副院長)

浜端賢次 (自治医科大学看護学部教授)

登録日: 2021-10-11

最終更新日: 2021-10-08

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Point

各施設において,それぞれの感染対策の「重要度」を考慮し,効率的に実施することが重要である

「実行される感染対策」のためには,教科書やマニュアルに掲載されている「感染対策の考え方」や「総論的な内容」を,自施設の状況に合わせた作業手順書に落とし込むことが有用と考えられる

外部評価者に自施設の問題点を指摘してもらうことは,感染対策を向上させるきっかけとなりうる

1. はじめに

高齢者施設における感染対策は,現在の重要な課題である。新型コロナウイルス感染症の流行により,その意義はますます高まっている。筆者らは,現在高齢者施設で使用されている感染対策マニュアル・手引きの内容が,日常の介護・ケア業務に反映されることを促進するために,日本医療研究開発機構(AMED)の委託研究として,「入居型高齢者施設における日常的な入居者介助のための感染対策手順書」を作成した。

本手順書は高齢者施設を想定しているが,医療機関,特に療養型病院においても日常的な看護・介護上の感染症対策という意味では類似している点が多いと考えられる。オンラインで公開しているので,ご参考いただけると幸いである。

2. 高齢者施設における感染対策

介護老人保健施設・特別養護老人ホームをはじめとする入居型高齢者施設では,感染症の予防は大きな課題のひとつである1)2)。最近では新型コロナウイルス感染症(COVID- 19)の登場によって,高齢者施設における感染対策がさらに重要となっている。

「どの消毒方法が新型コロナウイルスに有効か?」などの,かなり各論的な事項が注目されがちであるが,最も重要なのは,手指衛生をはじめとする日々の基本的な感染対策である。しかしながら,高齢者施設における感染対策への取り組みは,まだ十分とは言い難い現状がある3)4)

筆者らは,AMEDの委託研究(課題名「長期滞在型高齢者福祉施設における効率的な感染症対策プログラムの開発」,研究期間2018年4月~2021年3月)研究班として,介護老人保健施設・特別養護老人ホームを中心とした入居型高齢者施設に対する感染対策上の問題点を解決するための手段として,「入居型高齢者施設における日常的な入居者介助のための感染対策手順書」5)を作成した。

3. 手順書作成の背景

現在,高齢者施設で参照できる良質なマニュアルや手引きが存在し,どの高齢者施設でも施設ごとの「感染対策マニュアル」が整備されている6)7)。高齢者施設においても,目指す感染対策は医療機関と同じなのが理想であるが,予算不足・人員不足という多くの施設に共通する障壁があり,実際に高齢者施設で「何をどこまでやるべきか」判断に迷うことが多い8)。また,医療機関でも病院によってはまだ不十分と考えておられる病院もあると思う。

筆者らの経験上,現状における施設の感染対策マニュアルは,医療的な内容を中心として作成されているものが多く,日常の介護・ケア業務の細かい感染対策についてまで記載がないことが一般的である。このため,日常の介護・ケア業務に関連する基本的な感染対策が見落とされている可能性がある。

また,インフルエンザ・感染性胃腸炎・食中毒,といった個別の対策に関するマニュアル整備はしっかり行われている一方,手指衛生や標準予防策などの日々の基本的感染対策を推進する上で必要な,具体的内容(いつ,どこで,何をすべきか)が脆弱なマニュアルも見受けられる。

医療・感染対策の基礎訓練を受けていない介護職員には,現在一般によくある総論的なマニュアルでは「具体的にどのようにすれば良いか(例えば,便失禁で車イスが汚れた際にはどう対応したら良いか?)」がわかりにくいようである。

筆者らは,各施設で整備されているマニュアルに不足している部分を強化し,上記の問題点を解決するために,高齢者施設の実際の状況・現状に配慮し,日常的な介護・ケア業務に焦点を当てた「感染対策手順書」を作成することを計画した。

高齢者施設の感染対策支援活動を行いながら,感染対策に関連する業務ごとの問題点を抽出し,作成するコンテンツ・内容を決定した。作成にあたっては,それぞれの介護・ケア業務に沿って「明確」「わかりやすい」「具体的」な内容を目指し,現場職員などへのヒアリングを行いながら,単なる理想論・非現実的で守られないルール,とならないように注意した。

一方で,入居者・施設職員の安全を守るために「ここまでは頑張ってほしい」という事項については,到達目標を示した。医療職以外の職員に広く感染対策を教育啓発していくことは,高齢者施設で感染対策を推進していく上で重要な要素であるため9),本手順書の主なターゲットは高齢者施設で職員数の多い介護職員とし,介護職員が感染対策に主体的に参加できることを目標にした。でき上がった手順書について,再度現場職員からの意見を参考にするのと同時に,外部専門家の意見も伺いながら,最終的なブラッシュアップを行った。

4. 本手順書の内容と特徴

それぞれ担当業務の現場で使用しやすいように,感染対策のテーマおよび介護・ケア業務内容ごとに手順書を作成し(表1),それぞれWebで閲覧できるようにした。また,現場職員がスマートフォンで閲覧することを意識したレイアウトとした。

 

本手順書の項目は基本的に「①全体のポイント」「②施設管理者・感染対策担当者が注意する点および教育啓発」「③現場職員向けの感染対策手順」の3パートで構成されている。

予算不足・人員不足・認知症のある入居者が多い,など,高齢者施設特有の様々な問題により,医療機関では当たり前のことが高齢者施設では実施困難なことも少なくない。施設ごとで実施可能な感染対策レベルが異なることも考慮して,本手順書では各項目に表2のように4つの目標基準を設定し,「どの程度遵守すべき感染対策なのか」が一目でわかるようにした。この基準を基に各施設で個々に目標を立て,感染対策レベルアップに繋げられることを期待した。

5. おわりに

高齢者施設における感染対策の推進は,現在の重要な課題である。しかし,その実施においては,医療機関とは異なった高齢者施設特有の問題点を理解し,それぞれの施設の状況に合わせた柔軟な対策が不可欠である。また,基本的な感染対策が地道にできている施設は,感染症に強い施設と言える。

昨今の新型コロナウイルス感染症対策でも,一番大切なのは日常的・基本的な感染対策である。現場の介護職の方,施設管理者の方,施設に関わる医師や看護師など医療職の方,また施設に限らず,病院の医師,看護師,介護職,そのほか職員の方など,多くの方に本手順書を活用いただき,「感染症に強い施設・病院づくり」に繋がれば幸いである。

また本手順書は,随時改訂版を更新していく予定のため,意見やアドバイス,より良い方法などの情報提供を随時求めている。高齢者施設の感染対策については,科学的エビデンスも少ないため,何が正しいのか手探りの部分が多くある。高齢者施設の感染対策がより良いものとなるようご協力をお願いしたい。

【文献】

1)Kariya N, et al:J Infect Chemother. 2018;24(5):347-52.

2)Uchida M, et al:J Am Geriatr Soc. 2013;61(4):602-14.

3)脇坂 浩, 他:日本環境感染会誌. 2014;29(5):354-60.

4)大浦絢子, 他:体力・栄・免疫誌. 2014;24(3):213-5.

5)笹原鉄平, 他:入居型高齢者施設における 日常的な入居者介助のための 感染対策手順書. 高齢者施設・在宅等における感染対策研究会, 2020.
[http://www.jichi.ac.jp/rinsyoukansen/elderly/teaching-materials/]

6)厚生労働省:高齢者介護施設における感染対策マニュアル改訂版. 2019.
[https://www.mhlw.go.jp/content/000500646.pdf]

7)厚生労働省:介護現場における(施設系 通所系 訪問系サービスなど)感染対策の手引き. 2020.
[https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000678253.pdf]

8)Dumyati G, et al:Curr Infect. Dis Rep. 2017;19(4):18.

9)Huang TT, et al:J Hosp Infect. 2008;68(2):164-70.

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