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【識者の眼】「重症交通外傷の救命には迅速な通報・ドクターヘリ・根本治療が必要だ」今 明秀

No.5057 (2021年03月27日発行) P.60

今 明秀 (八戸市立市民病院院長)

登録日: 2021-03-04

最終更新日: 2021-03-04

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私はメスを走らせ左開胸術を開始した。高度500mを飛ぶドクターヘリの窓からは絶景の紅葉が見える。患者は国立公園奥入瀬渓流で起きた交通事故で心停止寸前の女性だ。開胸創から入れた左手指が下行大動脈を認識した時点でフライトナースに告げた。「次はサテンスキー大動脈鉗子」。整備長に室内マイク通話で伝える。「左開胸手術中とERに無線で伝えてください」。ナースは二重滅菌されている袋から鉗子を出して私に差し出す。右手で受け取ったサテンスキー大動脈鉗子を胸腔に入れた。胸壁から10cmくらい奥で、左母指と示指でつまんでいる大動脈に開いた鉗子の先を近づけラチェットをかける。「大動脈クランプがかかったよ」、私はナースに伝えてシートベルトを締める。これで、腹腔内大量出血からの心停止は免れるはずだ。ERでは輸血と手術の準備が完了している。着陸後すぐにERへ移動し、開胸と開腹手術が行われた。ドクターヘリは瀕死状態の患者に劇的救命を手繰り寄せた。

救急自動通報システムD-Call Netは、自動車事故が起きた際に自動でドクターヘリの出動を要請する「先進事故自動通報システム」である。D-Call Net搭載の自動車が交通事故を起こした時、衝突方向や速度、シートベルトの着用の有無などの車両データが直ちにサーバーに送られ、乗員の死亡重症度を自動的に推定し、必要に応じて全国53機のドクターヘリの中で直近の基地病院に出動を要請する。D-Call Netの導入により、交通事故の発生から初期治療までの時間を約17分短縮させ、救命率の向上や後遺症の軽減につながることが明らかになっている。 

公共サービスであるドクターヘリをD-Call Netによって起動し、交通事故死の減少につなげるためには、国内を走るすべての車両にD-Call Netを搭載することが必要だ。このシステムにはトヨタやホンダ、日産やSUBARU、マツダが参画しており、搭載車両が増えていくはずだ。今後は、後付けで搭載できるような仕組みを考えていく必要がある。なお、2020年11月、パイオニア社はD-Call Netも利用できる緊急通報が可能な後付け搭載用「ドライブレコーダー+」を発売した。

ドクターヘリによる救命には、ヘリコプターという機体そのものだけではなく、受傷から通報、離陸までの迅速性と時速200kmを超える速度に負けないだけの確かな技術を有するドクターヘリチームの存在があることを忘れてはならない。これらが受け入れ病院の診療能力と融合してはじめて、劇的救命が誕生するのである。

今 明秀(八戸市立市民病院院長)[ドクターヘリ][D-Call Net]

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