Lancet 9月20日号に日本の臨床試験の不正防止に向けた私の提言が掲載された1)。本稿ではその詳しい解説を述べる。
2012年4月、Lancet2)にJikei Heart Study3)に関する私の懸念(Concerns)が掲載されて以来、バルサルタン関連の4試験(Jikei Heart Study3)、 Kyoto Heart Study4)、 SMART5)、VART6))に関してそれぞれの大学の調査委員会が不正を認定し、3つの論文3)〜5)が撤回され、1つの論文6)に撤回の勧告が出されている。脳卒中、狭心症、腎臓病へのバルサルタンのねつ造された有効性は盛んに宣伝され、学会のガイドラインにも引用されてきた。これらの不正により患者への不利益が生じ、また、保険財政への負担、本来なら不要な医療費のコスト高へつながったことは十分考えられる。本年1月9日、 本件に関し、厚生労働省はバルサルタンを販売するノバルティスファーマ社と同社社員について東京地検に薬事法違反の疑いで告発状を提出した。これを受け、東京地検特捜部が捜査を開始し、7月にノバ社と元社員1名を起訴した。
今回のバルサルタン論文不正問題には3つの大きな要因がある。
①現在の臨床高血圧の考え方では、心臓血管事故を減らすには降圧が最重要である。カルシウム拮抗薬(CCB: calcium channel blocker)はバルサルタンなどのARB(angiotensinⅡreceptor blocker)より降圧が強力であり薬価も安い。当時、日本には6種類のARBがあり過当競争であった。したがって、ARBを販売しているどの製薬企業もCCBあるいは他社ARBとの差別化のために、降圧に依存しないARBによる臓器保護効果を証明する臨床試験成績を求めていた。しかも、国際的な権威ある一流誌に掲載された論文が宣伝のために必要と考えていた。
②バルサルタンの宣伝がこれほどまで大きくなったのには3つのグループの相乗効果がある。それは、「各試験の責任医師たち」「ノバルティスファーマ社」「バルサルタンの効能を宣伝した学会の医師たち」である。
③日本の医師主導型臨床試験には法的規制がないという問題である。
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