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浅田宗伯(16) [連載小説「群星光芒」253]

登録日: 2017.02.12 最終更新日: 2026.02.21

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明治21(1888)年の正月が明けて、74歳の高齢に達したわしは尚薬(宮中侍医)を辞任したいと願い出た。5月に辞任が認められ、同時に終身年金1000円を賜り、これまでの従六位から従五位に叙せられた。
すると秋口になって思わぬ事態が生じた。同年11月、漢方の尚薬が一斉に解任されたのだ。名目は「皇子女の御養育改革」だった。「尚薬が皇子女を診療する際、漢方と洋方交々に拝診して相乱れ、薬方も漢洋異にして氷炭相容れざる故、いずれか一方に定めよ」との改革論がおこり、「尚薬は洋方を専らとする」と決したという。
解任を知った浅井国幹は顎を震わせて憤 った。「これぞ洋医の漢方排斥作戦の一環に相異ありません。宗伯先生の尚薬辞任を見澄まして断行した卑劣な人事です」
わしもそう思わずにはいられず、「事ここに至っては全国漢方医の大同団結を急ぐほかあるまい」というと、
「残された突破口が唯一つあります」と国幹は巨きな目を剝いていった。

「きたる明治22年に憲法が発布されます。その翌年には帝国議会が開設される運びです。その議会に漢方医を存続させるよう医制を改める請願をするのです。むろん世論にも強く訴えねばなりません」

国幹が顔面に朱を濺いでそういったので、わしは身を乗り出して頼んだ。

「漢方の将来をおぬしに託したぞ」
「及ばずながら……」

と国幹は頰をひきしめ、「手前は各地の漢方医を結集して新たに始まる帝国議会に働きかけます。先生には漢方医界の精神的かつ理論的な大黒柱として手前どもの後押しを願います」と頭を下げた。


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