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【識者の眼】「普遍主義と市場重視の近接性、そして社会保険」森井大一

登録日: 2026.11.06 最終更新日: 2026.11.06

森井大一 (日本医師会総合政策研究機構主席研究員)

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社会保障の類型化には諸説ある。どれが正しいというのでなく、切り口・着眼点として、類型化を通した学びを得ようというのが筆者の立場だ。たとえば、広井良典氏は、A)普遍主義モデル、B)社会保険モデル、C)市場重視モデル、の3つに分類する1)。このうち、C)市場重視モデルは、広井氏が「最低限の国家介入」と書いているように、国民・住民に対する公的な社会保障への国の関与が小さい。そうすると、政府が社会保障について一定の役割を引き受けるのは、A)普遍主義モデルか、B)社会保険モデルということになる。

広井氏の説明によれば、公的扶助、そして、A)普遍主義モデルの源流は、1601年のエリザベス救貧法にさかのぼる。エリザベス救貧法を一言で言うなら、“施し”だ〔広井氏はもう少し上品に「国家による慈善的・恩恵的な施策」と書いている2)〕。施しをさらに言い換えれば、個人の生活保障は(せいぜい家族間扶助を含めた)自己責任とする大原則のもとで、苛烈な貧しさ(病気、障害、老齢、災害、失業など、理由は様々だろう)に対し、それを見るに見かねた国家が、義理はなくとも温情から手を差し伸べることだ。そのため、“手を差し伸べる”程度や範囲が小さければ、救貧法の類は、A)普遍主義モデルと言うより、C)市場重視モデルに近づく。この理解のほうが一般的だろう。これはティトマスがResidual(残余的)と表現した類型であり、自己責任の原則から“こぼれ落ちた”者だけを例外的に救済の対象とする。エスピン=アンデルセンも、ティトマスのResidual Welfare ModelがLiberal Model(自由主義モデル)に近接することをふまえて議論している。

それでもなお、エリザベス救貧法が、A)普遍主義モデルにつながるという広井氏の着眼点は重要だ。ここで欠かせないのは、救済の対象となることを人権の一種として位置づける社会的合意である。社会権/生存権という人権の意義は、残余的救済にとどまる仕組みを、自由主義モデルから普遍主義モデルへと転換するところにある。

ただし、社会権/生存権は論理必然的に保護されるものではなく、“みんなの合意”があって初めて実態を持つ。それだけに、少しでも気を抜くと、あっという間にA)普遍主義モデルは、C)市場重視モデルに転じうる。広井氏も英国を例に、AがCに近接しうることを指摘している。我々は、普遍主義を語るとき、その見えない前提と、それに伴う危うさに自覚的でなければならない。

昨今、普遍主義の衣をかぶった市場主義の議論が喧しい。その主張を真に受ける前に、社会保障における社会権・生存権構成の脆弱性を思い出しておきたい。

朝日訴訟・堀木訴訟といった有名判例を見返すたびに(日本国憲法第25条をプログラム規定だと言い切ってしまわないまでも)、社会権/生存権が具体的権利として、また、憲法第25条が裁判規範として、我々の社会の中で確立しているとは筆者には思えない。

そうして結局、いつもの当たり前の常識的な結論を繰り返すことになる。社会保障の権利性、たとえば、医療を受けることを国民一般の権利として確保するためには、社会保険を基本構造とすることが最も現実的だ。

【文献】

1) 広井良典:日本の社会保障. 岩波書店, 1999, p18.

2) 広井良典:日本の社会保障. 岩波書店, 1999, p4.

森井大一(日本医師会総合政策研究機構主席研究員)[普遍主義モデル][社会保険モデル][社会権/生存権]

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