2026年10月1日、事業主にカスタマーハラスメント(カスハラ)防止措置を講じることが義務づけられました。厚生労働省の指針では、カスハラに該当するか判断が微妙な場合も含め、広く職員からの相談に対応することが求められています。なお、相談の段階で、職員自身がカスハラに該当するかどうかを判断する必要はないとされています。
私自身、判断に迷う場面に何度か直面してきました。たとえば、担当薬剤師の性別を理由に、別の職員への交代をしつこく求められたことがあります。希望する性別の薬剤師でなければ薬を受け取りたくないという主張でした。また、マイナ保険証の提示を案内した際、「利用は義務ではないはずだ」と強く抗議されたこともあります。薬局で説明しても納得されず、最終的には患者本人に外部の相談窓口と直接やり取りをしてもらうことになりました。さらに、後発医薬品への変更で十分な効果を得ることができなかったという理由から、他の薬も含めて、すべて先発医薬品で調剤するように求められたこともあります。
これらを即座にカスハラと断定できるかと言えば、判断に迷うところです。担当薬剤師の性別についての希望には事情があるかもしれませんし、制度への疑問には十分な説明が必要です。薬の効果についての訴えは治療に関わるため、経緯を確認し、必要な対応を検討しなければなりません。一方で、確認や説明を尽くしながら、どこまで要求に応じるかについても判断する必要があります。カスハラ対策が義務化された今も、こうした場面では迷わざるをえないというのが正直なところです。
指針の考え方だけでは、窓口でカスハラに該当するかどうかを明確に切りわけることは困難です。暴力や暴言、明らかな威嚇であれば、問題となる行為を具体的に示すことはできます。しかし、同じ要求を繰り返されたり、説明を尽くしても納得されなかったりする場合はどうでしょうか。指針が例示する「過度な要求」や、「長時間にわたる居座り」についても、どこからが該当するのか、現場の薬剤師やスタッフには判断が難しいところです。加えて、カスハラと判断して対応を打ち切ったときに、患者の正当な訴えまで退けたと受け取られないかという不安もあります。薬剤師には、薬剤師法第21条に基づく調剤応需義務があります。
本部や外部の相談先があっても、必要なときにすぐ対応してもらえるとは限りません。身の危険を感じて警察への相談を考える段階でも、ためらいが生じると思います。判断に迷うから支援を求めたいのに、その相談自体が妥当かどうかを、まず判断しなければなりません。これでは、現場の職員に負荷が集中してしまいます。
これらの背景の1つには、薬局が患者に選ばれるサービス業としての側面を持つことも挙げられます。医師の前ではおとなしく振る舞っていても、薬局では横柄な態度を取る患者もいます。「強い対応に出れば、他の薬局に移ってしまうかもしれない」、そうした懸念から、要求を受け入れてしまう薬局も見受けられます。しかし、その場しのぎの譲歩は、「要求を続ければ通る」と受け止められ、迷惑行為を助長させることにもなりかねません。
個人の判断による「毅然とした対応」には限界があります。患者への必要な説明と職員を守る対応を両立するためには、判断と責任を個人に集中させない仕組みが必要だと思います。厚生労働省が2026年7月8日付で発出した『薬剤師の調剤応需義務等について』では、カスハラによって調剤の基礎となる信頼関係が破壊され、適切な医療提供が困難になった場合など、調剤を拒否できる正当な理由の考え方が示されています。ただし、こうした判断や対応を窓口の薬剤師1人にゆだねることは難しいと言えるでしょう。
薬局の開設者は、カスハラかどうかを確定できない段階でも、対応に支障が生じた時点で、職員は責められる心配もなく相談でき、支援を受けられる体制を整える必要があると考えます。業界としても、具体的な事例や対応の目安を共有すべきでしょう。今回の法改正で事業主の義務は定められました。今後は、その責任が窓口の個人に押しつけられたままにならないよう、現場の実情に即した運用と見直しを重ねて頂きたいと思います。
船見正範(株式会社パワーファーマシー医療学術・薬事管理部、NPO法人くすりと地域医療を考える会・MEBiUS代表)[薬剤師][カスタマーハラスメント]