厚生労働省は、2026年8月28日に『令和7(2025)年度 医療費の動向〜概算医療費の集計結果〜』を公表した。概算医療費は、医療保険・公費負担医療分の医療費を集計したもので、労災・全額自費等の費用は含まれていない。医療費の統計としては国民医療費があるが、国民医療費の発表は対象年度が終了して約1年半後になるため、医療費の動向をより迅速に把握するために公表されているのが概算医療費である。国民医療費の約98%をカバーしており、おおよそのトレンドを把握することができる。
概算医療費ベースで2025年度の医療費は49.2兆円であった。医療費は2020年度にコロナ禍による受診抑制の影響で減少した後、反動増により高い伸びを示していたが、最近はその伸びも鈍化傾向にあり、過去3年間の増加率を見ると、2023年度が+2.9%、2024年度が+1.5%、2025年度が+2.6%となっている。これらの3年間は、物価・賃金が上昇局面に転じたことを背景として、名目GDP(国内総生産)がそれぞれ+4.9%、+4.0%、+4.3%という高い伸びを示しており、対GDP比で見た医療費の水準はむしろ3年連続で低下している。すなわち、経済動向に比べて、医療費が厳しく抑制されてきたことが確認できる。
2025年度の+2.6%という伸びのうち、人口増の影響は▲0.5%、高齢化の影響は+0.6%とされており、両方を足し合わせると、人口要因による増加幅は+0.1%にとどまる。2010年代前半には1%台前半であった人口要因による「自然増」が縮小しており、地域による違いはあるものの、日本全体で見れば、もはや人口要因では医療の「マーケット」が拡大しない時代に入っていることを意味する。人口要因による増加幅がほとんどなく、物価・賃金の上昇が診療報酬に反映されてこなかったため、医療費の対GDP比は低下している。医療費全体は増えていると言っても、医療機関経営が苦しくなるのは当然である。
医療費の伸びを受診延日数と1日当たり医療費にわけて見ると、受診延日数は▲0.7%、1日当たり医療費は+3.3%となっている。受診延日数は歯科以外、すなわち医科入院、医科入院外、調剤のいずれも減少している。特に、医科入院外と調剤の減少幅が大きい。他方で、1日当たり医療費はすべての診療種類で増加しており、特に調剤で高い伸びとなっている。医科の1日当たり医療費は、入院外が入院よりも高い伸びを示している。全体として受診延日数の減少を1日当たり医療費の増加で相殺している格好だ。
医療機関の種類別に見た場合に特徴的なのが、大学病院の医療費の伸びが+6.9%で最も大きくなっている点である。1日当たり医療費はどの医療機関種類でも増加しているが、大学病院では入院が+3.7%、外来が+6.7%となっており、それ以外の医科病院や医科診療所に比べて高い伸びを示している。これは医療の高度化の影響によるものと考えられるが、単価が上昇していると言っても、医薬品費等のコストも高額化しており、大学病院の利益率が高まっているわけではない。
他方で、受診延日数は、大学病院以外の医科病院や医科診療所では減少しているが、大学病院では入院で+2.7%、入院外で+0.8%の増加となっている。全体として受診延日数が減少している中で、大学病院で増えているのはなぜなのか。相対的に大学病院に患者数が集まっていることを意味するが、大学病院の本来的な機能や地域における役割分担や連携の観点から、はたして妥当な動きだと言えるのか。医療費の動向を見ていても、医療提供体制の様々な論点が浮かび上がってくる。
村上正泰(山形大学大学院医学系研究科医療政策学講座教授)[概算医療費][医療費の動向][医療機関経営]