人口減少により、医療従事者の確保はますます難しくなっています。いま働いている職員の離職をいかに防ぐかは、病院経営の最重要課題のひとつです。こうした中、2026年10月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、カスタマーハラスメント(カスハラ)を防止するための雇用管理上の措置が、すべての事業主に義務づけられました。患者やその家族からの社会通念上許容される範囲を超えた暴言や要求は、職員の心身をすり減らし、離職の引き金にもなります。カスハラ対策は、医療機関にとっても避けて通れない課題です。
しかし、医療機関のカスハラ対策には、一般的なサービス業とは異なる難しさがあります。問題のある顧客に対して商品の販売やサービスの提供を打ち切るという選択肢を、医療現場では安易に取ることができません。厚生労働省のカスハラ防止指針も、「サービスが途絶すると顧客等の生命や心身の健康に重大な影響が及ぶ場合」等には、留意して適切に対応するよう求めています。
この難しさを象徴するのが、長崎市の病院での訴訟です。病院側は、患者家族の言動によって看護師の退職が相次ぎ、病床の一部閉鎖を余儀なくされたことなどについて、家族に損害賠償を求めました。しかし、一審・二審とも請求は棄却され、2025年1月には最高裁も上告を棄却しました。福岡高裁は、「入院患者およびその親族が置かれている状況を考慮すると、医療の現場においては、同人らがその精神的不安定さから、社会的に不相当な言動に及ぶことがあったからといって、それらがすべて不法行為を構成するほどの違法性に該当する行為であると評価することは相当ではない」と判断しました。不法行為と認められたのは、看護師の頭を後ろから押さえつける暴力行為など、一部にとどまりました。この事例は、医療現場で患者家族の言動の法的責任を問うことの難しさを示しています。
だからこそ重要なのは、問題が起きてから法的責任を問うのではなく、職員の被害を未然に防ぎ、また、事態の深刻化も防ぐことです。現実的な対策の各論についてはここでは論じませんが、現場で起きている課題を担当者が1人で抱え込まないよう、組織的な対応に切り替えることが欠かせません。「患者の精神状態や置かれた状況に配慮すること」と、「患者の行き過ぎた言動を容認すること」は、同じではありません。度を越した暴力や要求には、組織として「許容できない」と毅然と対応する必要があります。大きな問題になってから法的手段に頼るのではなく、日常の中でハラスメントの芽を摘み、職員を守る仕組みを整える。それこそが、医療機関のカスハラ対策の要ではないでしょうか。
藤田哲朗(医療法人社団藤聖会理事、富山西総合病院事務長、医療経営士1級)[カスタマーハラスメント][組織的対応]