医療事故が起きたとき、病院はどこまで社会に公表しなければならないのでしょうか。
2026年9月16日、大阪地裁は、大阪公立大学医学部附属病院で手首の骨折手術後に患者が低酸素脳症となった事故について、病院側に約4500万円の賠償を命じました。一方、遺族が問題とした「事故から約3年間、記者会見を開かなかったこと」については、違法性を認めませんでした。
報道によれば、裁判所は、病院がホームページ上で事故を公表していたことをふまえ、いつ、どのような形で医療事故を公表するかは公益目的で行われるものであり、患者・家族に対する義務ではない、との考え方を示しました。ただし、これは公表の必要性そのものを否定したということではありません。患者・家族が医療事故の公表や警察への通報を求める背景には、病院が医療事故をうやむやにするのではないか、という不信感があります。
過去の裁判例では、患者が死亡した場合、遺族から求めがあれば、死亡に至る経過や死因を説明し、その前提として必要かつ可能な原因究明を行う義務が認められています。今回の裁判からは、患者・家族に対する個別の説明と、社会に向けた公表とは、区別して考える必要があることがわかります。
もっとも、医療紛争は、悪い結果が生じたことだけではなく、事前の説明と実際の結果との隔たりから生じることも少なくありません。こうした説明をめぐる問題を防ぐには、日頃から患者・家族と信頼関係を築いておくことが重要です。事故が起きてからの説明だけでは、十分とは言えません。
手術や処置に一定の危険が伴う場合には、患者ごとに考えられるリスクを事前に具体的に説明し、患者自身が理解した上で治療を選択できるようにする必要があります。そうした説明があれば、合併症が生じたとしても、患者・家族がそれをまったく予想外の出来事として受け止る場合とは、状況は大きく異なることになるでしょう。適切なリスク説明は、インフォームド・コンセントのためだけではなく、万一の事態が生じた後も患者・家族との信頼関係を維持するために重要なのです。
この考え方は、医療事故調査制度にも通じます。同制度では、医療に起因する、またはその疑いのある死亡・死産について、医療機関の管理者が予期していなかった場合など、法令で定められた要件を満たす事案が報告の対象となります。その判断では、医療の提供前に、当該患者の死亡が予期されることを患者・家族に説明していたか、診療録などに記録していたかも考慮されます。ただし、「合併症があります」「一定の確率で死亡することがあります」と一般的に説明するだけでは足りません。厚生労働省も、患者個人の病状や臨床経過をふまえた説明・記録が必要であるとしています。
そして、実際に医療事故が起きた後の説明には、また別の難しさがあります。説明を待つ家族にとって、その時間はきわめて長く、「何か隠しているのではないか」という疑念にもつながります。医療事故の公表や警察への通報を求める背景にも、隠蔽への懸念があると考えられます。重要なのは、現時点で確認できている事実、まだわかっていないこと、今後どのような調査を行うのかを、見通しも含めて伝え、進捗に応じて説明を重ねることです。こうしたコミュニケーションが、信頼関係の維持につながります。
事故前のリスク説明、事故後の患者・家族への説明、公的制度への報告、そして社会への公表。それぞれ目的も相手も法的な位置づけも異なります。しかし、いずれにも共通するのは、相手に必要な情報を、誠意をもって適切なタイミングで伝えることです。社会への公表義務の有無だけでなく、患者・家族が何を知りたいのかということに向き合い、説明を尽くす姿勢こそが、医療への信頼を支えるのではないでしょうか。
越後純子(渥美坂井法律事務所・外国法共同事業弁護士、医師)[医療事故][説明義務]