米国食品医薬品局(FDA)は、世界の医薬品規制のリーダーとして産官学を導いてきた行政機関である。52年間在籍したテンプル氏のような、生き字引のごとき専門家を多数抱え、現代の新薬開発・規制の仕組みを構築してきた。
今、そのFDAが熱い。熱く燃えて、ほぼ灰燼に帰しつつある。以下は、最近の報道内容だが、第二期トランプ政権の出来事をあらためて並べると、「これが21世紀に起きたことか」と背筋が寒くなる。
約3500人規模の職員削減。食品部門トップは抗議辞職。CBER(生物系)トップのマークス氏は事実上の解任。CDER(低分子系)などでもトップ級の人事が相次いだ。政権の意に添わぬ者はクビ。
政権のお気に入りだったはずの人も次々に辞めた。CBERのプラサード氏は審査のスタンスをめぐる論争の中、結局は辞職。ケネディ大臣が指名したマカリー前長官も、電子たばこの承認などについて政権と対立し、辞職。
で、現在、長官候補となっているオーバートン氏。公聴会で「あなたは、トランプ大統領がワクチンやタイレノールについて語ったことは誤りだと認めますか?」と問われたが、回答を拒否。何を聴かれても「FDAが承認した通り」的な杓子定規な回答をする姿は、まるで日本のお役人の国会答弁そのもので大笑い。
異常事態は、ホームページでも一目瞭然である。FDAが起草した「多様性行動計画」のページには、「ジェンダー・イデオロギー推進のあらゆる情報は極度に不正確でまったく真実ではない」という保健福祉省のコメントが付されている。このガイダンスには、臨床試験データの収集の方針が書いてあるだけで、イデオロギーの香りなど1ミリもしないのだが。
FDAだけではなく、米国疾病予防管理センター(CDC)も熱い。3分の1の職員が辞めてしまい、機能不全に陥っているらしい。ワクチン系諮問委員会ACIPの委員17人は全員解任。気に入らぬ外部の専門家は排除される。
もっとも、こうした出来事は、米国の伝統的な官と民の回転ドアが少し速く回っているだけかもしれない。当事者たちは、「I was fired(クビになったわ)」などとXで堂々と呟きつつ、退職後すぐに企業や大学で活躍している。
大統領・大臣を前にしても自らの信念を曲げずクビになる職員、52年間ひたすらに専門領域を歩み続ける職員がいるのが米国の規制当局。一方、解雇のリスクはほぼゼロだが、人事異動で仕事と出世が決められるから本心の吐露など夢のまた夢、定年制で強制退場させられるから52年間の経験を積んだ職員など生まれようもない日本の規制当局。
どちらがまともなのかは、私にはわからない。
小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[FDA][トランプ政権][規制当局]