2026年9月17日に発足した第2次高市改造内閣で、古川俊治参議院議員がデジタル大臣に就任した。科学技術政策などを担う内閣府特命担当大臣も兼ねる。慶應義塾大学医学部を卒業して外科研修を積み、1999年に弁護士登録もした人だ。医師と法曹のダブルライセンスを持つ人は、ここ数年、身近でも見聞きするようになった。
一方で、医療者のSNSには司法への不満があふれている。最近話題になったのが、訪問診療をめぐる訴訟を報じた日本経済新聞の記事だ。
2021年1月、自宅で娘の介護を受けていた91歳の女性が、誤嚥性肺炎で亡くなった。娘は口から食べ続けることに強くこだわっていた。裁判で医師側は、そのこだわりが誤嚥につながった可能性を指摘したという。それでも東京地裁、東京高裁とも医師側の責任を認め、判決は確定した。
在宅医療に携わる医師なら、身につまされる話だろう。家族の希望に沿って経口摂取を続け、誤嚥すれば責任を問われる。反発が出るのも無理はない。
だが、弁護士の解説から地裁判決の論理を追うと、焦点は別のところにあることがわかる。地裁は、死亡数日前の対応や当日昼の往診時の判断について、医師の過失を否定した。訪問看護事業所への請求も退けている。過失とされたのは1点だけ。夕方、看護師から収縮期血圧50〜60mmHg台というショック状態の報告を受けながら、同居の娘と話し合うことなく、積極的な治療をしないと決めた点だ。
判決は、終末期に積極的治療を差し控えること自体は否定していない。ただし、本人や家族と十分に話し合うことが前提だとした。過失と死亡との因果関係は認められず、慰謝料は200万円。東京高裁では肺炎の診断義務違反も認められ、カルテの数値を事後に修正したことが医師側の主張の信用性を損ねたが、賠償額は約220万円にとどまった。
問われたのは、家族のこだわりそのものではない。看取りの方針を家族と共有したか、そして、その経緯が信頼できる形で記録されていたか。医療者自身が日々向き合う、説明と記録の問題に他ならない。
とはいえ、医療者の怒りを「誤解」の一言で片づけることはできない。刑事司法の記憶は重い。2006年、福島県立大野病院の産婦人科医が逮捕されたが、2008年に無罪が確定した。手術直後の患者へのわいせつ行為をめぐって起訴された乳腺外科医は、一審無罪、控訴審での有罪、最高裁による差し戻しを経て、2025年に無罪が確定した。
こうした記憶が、医療者の司法への警戒を強めているのだろう。
医療者と法曹は、それぞれの専門領域に深く入り込めば入り込むほど、相手の論理や現場が見えにくくなる。その溝を挟んで、双方が相手を「わかっていない」と言い合っている。
ダブルライセンスを持つ人は、その溝に架かる橋になりうる。ただ、橋を少数の人に任せきりにはできない。医療者が判決文を読み、法曹が現場に足を運ぶ。そうした地道な往来の積み重ねのほかに、この齟齬を埋める道はないのではないだろうか。
榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[医療者と法曹][医療と司法の溝]