特に専門医取得前のような時期に、いわゆる「屋根瓦式教育」を行っていることを強調している病院広告を目にすることがあります。
年次の若い医師を少し上の先輩が指導し、そのまた上の先輩が全体を監督することで、若手の足りない部分を補う。また、人に教えることで、自分の知識の抜けにも気づくことができます。年次が上がるにつれて、目の前の患者だけではなく、より広い視野を持てるようになる、というメリットもあります。
実際、筆者が脳神経外科の手術のいろはを教わったのは、まさにそのような環境でした。部長が全体を監督する中、執刀医・助手ともに比較的若い医師という構成で、手術を実地で学べたことは非常に大きな経験でした。
一方で、若手の手術を監督する立場になると、この方法をすべての手術に広げることにはハードルが高いように思えてきました。筆者が若手の頃に主に担当していたのは、脳卒中や外傷などの緊急疾患でした。これらでは、予後を規定する因子として、手術そのものだけではなく、発症時の重症度や発症からの時間、術後管理、リハビリテーションなどが大きく関与します。
ところが、脳神経外科の予定手術では、手術そのものが患者の予後や満足度に与える影響がより大きくなります。麻痺などの神経症状だけではなく、傷の見た目や術後の疼痛、職場復帰後の経過なども含めて、患者の治療経験全体を考える必要があります。
最近、「ペイシェント・ジャーニー」という言葉を聞くことがあります。病気の発症から診断、治療、社会復帰などに至るまで、患者がたどる一連の経験をとらえる、という考え方です。外科教育も、このように、患者の経験全体を意識した中に位置づけて考える必要があるのではないでしょうか。
患者のことだけを考えれば、最も経験のある医師が手術するのが当然かもしれません。しかし、それだけでは次の世代が育ちません。
では、どうすれば良いのでしょうか。
屋根瓦を細かく積み重ねるように、手術の難易度に応じて若手に経験させる方法もあります。一方で、経験のある医師が若手を助手として直接指導し、技術や考え方を伝える方法もあります。
筆者がメンターから、「最初のうちから良い手術・きちんとした考え方に触れなければいけない」と教わったことを考えると、後者にも大きな意味があります。しかし、年次が上になればなるほど、若手がどこで悩んでいるのかはわかりづらくなります。
患者に、より良い医療を提供しながら、次の世代にも十分な経験を積ませる。この両立は、簡単ではありません。
人に手術を教えるのは本当に難しい。
木村俊運(日本赤十字社医療センター第一脳神経外科副部長)[外科教育][次の世代を育てる]