日本の医療が直面する矛盾は鮮明である。中央社会保険医療協議会「第25回医療経済実態調査」によれば、2024年度の一般病院では、67.6%、約7割が赤字である。一方、2025年に日本を訪れた外国人旅行者数は約4300万人に達するにもかかわらず、医療を目的とした訪日外国人数は年間2〜3万人程度と推計されている。この2つの数字は別々に語るものではない。日本医療の潜在力を制度として活かし切れていない「設計の問題」の表裏なのである。
病院赤字をめぐっては、「公共性ゆえに赤字は避けられない」という宿命論と、「経営努力不足」という経営論が繰り返されてきた。しかし、問題の本質は、社会構造と医療需要は変化するが、一方で、制度設計はその変化に十分対応できていないことにある。かつて医療の役割は急性期治療が中心だったが、現在は慢性疾患の管理、予防、リハビリテーション、さらにはQOL向上へと広がっている。厚生労働省も、急性期から回復期、慢性期までを含めた一体的な医療提供体制の構築を進めている。医療の役割が広がる一方で、それを支える人材や設備への投資も必要となる。
そこで重要なのが「医療の産業化」という視点である。ただし、それは単なる営利化ではない。自由診療や医療インバウンドなど、高付加価値の医療サービスによって得られた収益を、設備投資、人材確保、処遇改善へと再投資する。本質は、そうした循環をつくることで、公的医療を支える「余力」を生み出すことにある。
この循環には、3つの制度設計が必要だ。第一に、公的保険診療と自由診療・国際医療の役割を明確にする「機能分離」。第二に、医療インバウンドなどによる収益を医療提供体制の強化へとつなげる「収益還元の透明化」。第三に、認証や情報公開を通じた「品質・安全の可視化」である。この三層構造によって、「稼ぐ医療」と「支える医療」は対立ではなく、補完関係になりうる。
国際化の遅れは、この設計上の課題をさらに浮き彫りにする。経済産業省「医療インバウンドの適切な推進の在り方に関する検討会 中間とりまとめ」では、タイへの医療渡航者数は約300万人、マレーシアへは約85万人、韓国へは約60万人とされている。これは、単純に医療技術の差だけで説明できるものではない。問題は、「良い医療」を「選ばれる医療」に転換するための設計が十分ではないことだ。
一般社団法人Medical Excellence JAPAN(MEJ) の分析でも、医療インバウンドを進める上では、情報発信や受け入れ体制、マーケティングなどに課題があるとされる。英語による価格表や外国人向けパッケージの不足、受け入れ側のインセンティブ不足など、患者が日本の医療を選ぶまでの環境整備には、なお改善の余地がある。しかし海外では、日本医療への期待も高まっている。「日本の医療と組みたい」という声は、もはや例外ではない。
年間約4300万人の訪日客の中には、医療やウェルネスへの関心を持つ者もいる。その一部を医療インバウンドへつなげることができれば、医療機関にとって新たな収益源となる可能性がある。重要なのは、単に外国人患者を増やすことではない。医療滞在ビザ、滞在支援、国際認証、医療通訳など、海外から患者を受け入れるために必要な仕組みを整え、日本の医療を「選ばれる医療」へ変えていくことである。
産業化と国際化は別々の政策ではない。インバウンドが収益を生み、その収益が設備や人材など医療の供給能力を強化し、さらに国際的な需要を呼び込む。この循環を制度として設計できたとき、日本の医療は「守り」から「成長」へと転換できるのである。
渋谷健司(一般社団法人Medical Excellence JAPAN理事長)[医療の産業化][医療インバウンド]