「この患者さんは、まだ緩和じゃないので関わらなくて大丈夫です」
筆者が2020年から集中治療室(ICU)で緩和ケアに関わる中で、何度となく耳にしてきた言葉である。集中治療は救命の場、緩和ケアは治療をやめた後のもの─そんなイメージは今も根強い。しかし、重症患者の苦痛を和らげ、患者・家族の理解を支え、本人が大切にしてきたことを治療に反映することは、救命治療と矛盾しない。
一方、すべての重症患者を緩和ケアチーム(PCT)が診るのも現実的ではない。国内のICU部門長への調査では、71%が専門的緩和ケアのニーズを感じている一方、実際にPCTへ依頼した施設は38%にとどまった。紹介理由は、家族への心理的サポートが43%、終末期の重篤患者が24%、難治性疼痛が21%、であった1)。
さらに、ICU重症患者に適切な緩和ケアを提供できる自信がある、と答えた緩和医療専門医は29.4%で、一般病棟のがん患者を対象とした場合の78.3%を大きく下回った。紹介基準の不明確さ、集中治療領域における緩和ケア教育不足、人員不足なども障壁となっている。
こうした背景を受け、2025年に日本緩和医療学会は、『緩和ケアチーム活動の手引き 救急・集中治療領域の緩和ケア(追補版)』を公表した。筆者も作成メンバーの1人として関わった。手引きでは、救急・集中治療とがん診療の違いを、①時間経過、②運営体制、③疾患特性、④患者特性、⑤価値観と文化、の5点から整理している。
がん診療では、時間をかけて患者・家族と関係を築くことが多い。一方、ICUでは、昨日まで元気だった人が突然倒れ、数時間から数日のうちに患者や家族は重大な意思決定をせまられる。予後は不確実で、患者は気管挿管や意識障害のため意思を伝えられず、家族も突然、代理意思決定を求められる。「まず救命する」という文化の中では、緩和ケアが「治療をやめること」と誤解され、「まだ緩和じゃない」という反応も生じやすい。
難しい意思決定や家族対応をPCTやメディエーターに任せれば、ICU医療者の負担は軽くなるように見える。しかし、24時間365日動くICUの緩和ケアニーズを専門家だけで担うことは持続可能ではない。症状緩和やコミュニケーションなどの基本的緩和ケアはICU医療者が担い、難治性症状や複雑な意思決定ではPCTが支援する「混合型」が現実的である。
そして、忘れてはならないのが家族である。突然、大切な人が生命の危機に陥り、時には重大な代理意思決定まで求められる家族は、患者を支える存在であると同時に、強い不安や悲嘆を抱える「第2の患者」でもある。患者への症状緩和だけではなく、家族の心のケアもICUにおける基本的緩和ケアの重要な役割である。
救命治療の最中にも、苦痛を抱える患者と家族がいる。緩和ケアを集中治療の反対側に置くのではなく、基本的緩和ケアを集中治療の標準にしていくことが求められている。
【文献】
1) Tanaka Y, et al:J Pain Symptom Manage. 2022;63(3):440-8.
石上雄一郎(麻生飯塚病院連携医療・緩和ケア科医長)[緩和ケア][基本的緩和ケア][家族支援]