脳梗塞で入院していた50歳代の女性が,退院後初めて来局しました。差し出された処方箋には直接経口抗凝固薬(DOAC)が記されていました。入院中の経過をお聞きすると、彼女はこう切り出しました。
「実は、この処方に決まったとき、先生たちの間で一悶着あって……。だから、私なんだか不安で……」
話を詳しく伺うと、入院中の心電図モニタリングでも心房細動などは確認されず、頸動脈にも目立った狭窄はなかったそうです。明確な塞栓源が特定できない中、退院処方について循環器内科医はDOACを、脳神経外科医は抗血小板薬を主張し、その議論の一部は患者の耳に入る場所で行われていました。
彼女は、一方の医師の「それで責任がとれるのか」という言葉が印象的だったそうです。最終的にDOACの処方となり、彼女は「この薬(DOAC)を続けていて大丈夫ですか」と、私に尋ねました。
薬剤師としては答え方に悩む質問です。入院までの経緯や診断・治療、画像所見、塞栓源の検討結果などもわからないまま、「どちらの医師の意見を支持するか」ということに答えることはできません。ただ、この状況から、それぞれの医師が別のリスクを心配しているということは想像できました。
循環器内科医は、まだとらえられていない発作性心房細動を心配していたのでしょう。一方、脳神経外科医は、明確な適応がないままDOACを投与し、出血リスクを高めることを懸念していたのだと思います。疑義照会も行いましたが、処方の変更はありませんでした。
実際、塞栓源不明脳塞栓症(ESUS)を対象としたNAVIGATE ESUS試験1)では、リバーロキサバンはアスピリンに対して再発脳卒中を減少させず、大出血が増加したため早期中止となりました。RE-SPECT ESUS試験2)でも、ダビガトランはアスピリンに対して再発脳卒中の抑制で優越性を示しませんでした。ESUSには、潜在性心房細動以外にも異なる機序の病態が含まれるため、抗凝固薬ですべての再発リスクを抑えることができるわけではありません。
そう考えると、この“一悶着”は、決して患者にとって悪いこととは言い切れません。専門医がそれぞれの立場から、患者の予後について真剣に考えていた証とも言えるでしょう。ただ、「どちらが患者の予後に寄与するか」という議論から、「それで責任がとれるのか」という言葉が出た時点で、スポットライトが患者から医療者に移ってしまった、という点は否めないと思います。患者の予後についての議論が、責任の所在をめぐるものになれば、患者は、「なぜその治療が選択されたのか」「どんなリスクがあるのか」について知る機会を失ってしまいます。
では、相談された薬剤師としてどうしたらよいか。まずは、「DOACが選ばれたと考えられる理由」「飲み続けることで得られうるメリットと起こりうるリスク」「今後、どのような治療が選択肢になるか」について、限られた情報をもとにした薬剤師としての推測であり、最終的には医師に確認してほしいと断った上で、彼女に話すことにしました。
話を聞き終えた彼女は、「不安がまったく消えたわけではないけれど、再発するほうが心配だから、まずは治療を続けて、その上で先生たちとまた相談してみるわ」とおっしゃって帰られました。
薬剤師の立場では、処方に疑問を感じながらも「医師が処方したのだから」と、遠慮をしてしまう場面が少なくありません。患者の予後を思って互いの主張をぶつける医師たちの姿には、気概を感じ、少し羨ましい気もしました。ただ、やはり、スポットライトは最後まで患者に当てたままにしてほしかった、という思いも少し残りました。
【文献】
1) Hart RG, et al:N Engl J Med. 2018;378(23):2191-201.
2) Diener HC, et al:N Engl J Med. 2019;380(20):1906-17.
船見正範(株式会社パワーファーマシー医療学術・薬事管理部、NPO法人くすりと地域医療を考える会・MEBiUS代表)[薬剤師][患者中心の医療]