「日本人の所得の半分は政府にとられている」「五公五民」といった類の寝言が、ときどき聞こえてくる。この寝言が語られるときに、大抵一緒に出てくるのが「国民負担率」だ。今更繰り返すまでもないのかもしれないが、一応書いておくと、国民負担率とは、租税負担率と社会保障負担率を足したものだ。いずれも分母は国民所得(またはGDP)で、租税負担率は租税収入を、社会保障負担率は社会保険料収入を分子とする。
国民負担率には、大きく3つの問題がある。デタラメ、誤解、そして注意点である。
1つ目(デタラメ)は、そもそも租税と保険料を足してよいのか、という問題だ。税は、それを徴収される段階では何に使われるのかわからない。税の使い道は、国民の代表者たる国会にゆだねるしかない。憲法第83条も、財政民主主義の原則を定めている。まことに結構なことだが、税を取られる側からすれば、それが自分のために使われる保障はない。したがって、税については、何らかの対価をあらかじめ期待するわけにはいかない。それでも、社会の安定や、いざというときの備えなど、目に見えない形ではきっと自分のためにもなっているのだから、それで良しとするしかない。
しかし、保険料は違う。保険料は、あらかじめ対価とセットである。そもそも社会保障は、イッテコイだから、その財源としての保険料は、取られっぱなし(になりかねない)の租税とは別物だ。性質の違うものを足して議論しても、あまり意味はない。事実、こんなヘンテコな指標を使って財政を論じようという国は、日本以外には見たことがない。
2つ目(誤解)は、「日本の国民負担率は高い」というものだ。これは、国際比較をふまえれば、端的に事実誤認である。日本の国民負担率は、主要国との比較では低いほうだ。OECD諸国との比較など、政府やその高官が丁寧に整理して公表してくれているので、少し調べればすぐにわかる。しかも、日本の国民負担率は、どちらかと言うと租税よりも保険料に比重がある。日本以外にも保険料に依りがちな国はあって、ドイツやオーストリア、およびその支配を受けた歴史がある国に、このタイプが多い。
3つ目(注意点)は、「国民負担率が毎年上がっている」というものだ。令和に入って以降、国民負担率は上昇を続けているわけではない。2026年度の国民負担率は45.7%の見通しで、2024年度の46.7%、2025年度の46.1%から低下している。もっとも、40年前、30年前と比べれば、確かに上がった。上述したように、日本は国民負担率のうち社会保障負担率の割合が高い。社会保障のニーズが上がったのだから、当然である。
もう1つ重要なことは、国民負担率、特に社会保障負担率を下げたからと言って、本当の意味での負担が軽くなるわけではない、という点だ。たとえば、医療のニーズが上がるという現象自体は世界共通である。人口が高齢化し、医療技術が進化して、社会保障の柱のひとつである医療費はどの国でも上がっているが、最も上がっているのは米国である。社会保障負担率が低いままでこれを賄うというのは、各人が自腹で払っているにすぎない。国民負担率という数字が低いことと、本当の意味で国民の負担が軽いこととは、同じではない。
森井大一(日本医師会総合政策研究機構主席研究員)[国民負担率][社会保険料][社会保障]