医療DXが進むことで、医師が診療時に得られる情報は大きく変わろうとしています。厚生労働省は「電子カルテ情報共有サービス」の整備を進めており、傷病名、薬剤アレルギー等、その他アレルギー等、感染症、検査、処方などの情報を、全国の医療機関等で閲覧できる仕組みを構築しています。2026年9月10日の厚生労働省の検討会では、同サービスについて、2026年度冬頃を目途に全国で利用可能な状態にすることをめざすスケジュールが示されました。
しかし、法律家の目から見ると、1つの問題が浮かび上がります。「見ることのできる情報」が増えれば、「見るべきだった情報」も増えるのではないか、という問題です。画像診断報告書を確認せず、適時・適切な治療機会を逃してしまうようなことは、現に問題となっており、医療機関側が責任を免れない場面も少なくありません。
たとえば、今回共有される「3文書6情報」の中で考えてみると、薬剤アレルギー等や、その他アレルギー等の情報があります。初診患者に薬剤を処方したところ、重篤なアレルギー反応が生じたとします。従来であれば、本人からアレルギー歴の申告がなく、紹介状などにも記載がなければ、医師がその情報を知ることには限界がありました。しかし、電子カルテ情報共有サービスによって、アレルギー等の情報を容易に確認できる時代になった場合はどうでしょうか。
もちろん、情報が閲覧可能であるというだけで、直ちに医師があらゆる情報を確認する法的義務を負うわけではありません。 医療における注意義務は、診療当時の医療水準、患者の症状、診療目的、情報確認の必要性や容易性などをふまえて、具体的に判断されます。また、サービスも全国一律に直ちに普及するわけではなく、準備が整った電子カルテを導入した医療機関から、順次利用可能になるとされています。
しかし、医療訴訟ではこれまでも、「当時、その情報を知ることができたか」「通常の医師であれば確認していたか」が過失判断の重要な要素となってきました。電子カルテ情報共有サービスが標準的な診療インフラになれば、アレルギー歴や薬剤歴、重要な検査結果などについて、「容易に確認できたのだから確認すべきだった」と評価される場面が生じることは十分考えられます。
医療DXは、単に紙を電子化する取り組みではありません。厚生労働省は、電子カルテを「患者に質の高い医療を提供するための情報連携基盤」と位置づけ、2030年までに電子カルテ普及率約100%をめざしています。
情報が氾濫する時代の医師に求められるのは、「この患者、この診療場面では、どの情報を確認すべきか、いつ確認すべきか」を意識することかもしれません。情報共有が進めば進むほど、医療安全は向上するはずです。しかし、「知らなかった」ですむ範囲は狭まっていきます。優先順位づけを誤ると、適切なタイミングで必要な情報にたどり着けず、その結果、責任を問われる可能性が高まる場合も想定されるため、注意が必要です。
越後純子(渥美坂井法律事務所・外国法共同事業弁護士、医師)[医療DX][電子カルテ情報共有サービス]