先日、歌手の菅原洋一さんが92歳で亡くなられた。菅原さんは2026年5月31日、都内の病院で悪性リンパ腫のため亡くなったと報じられている。詳細な診療経過を知らない第三者が個別の死因を論じることは慎まなければならないが、この報道は、高齢者死亡における死因記載の難しさを改めて浮き彫りにした。
死亡診断書(死体検案書)では、死亡に至る医学的因果関係を可能な限り明確に記載することが求められる。悪性リンパ腫が腫瘍の進展、骨髄不全、感染症、臓器不全などを介して終末期をもたらしたのであれば、それを死亡の原因とすることに異論はない。しかし、90歳を超える高齢者において、死亡直前に発見された悪性疾患が、真に死亡の主因であったのか、それとも、老化に伴う全身予備能の低下(フレイルや臓器機能低下)の過程で偶発的に見出された併存疾患にすぎなかったのか、その判断は臨床現場でしばしば困難をきわめる。
厚生労働省の『死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル』では、死因としての「老衰」は「高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死の場合」に用いるとされている。ただし、老衰から他の病態を併発して死亡した場合は、医学的因果関係に従って記載することになる。この規定は一見明快だが、実臨床では「他に記載すべき死亡の原因」の判断がわかれる。高齢者では、悪性腫瘍、心不全、肺炎、慢性腎臓病、認知症、低栄養などが多層的に重なり合っていることが多い。そのうちのひとつに明確な病名がつけられるからといって、それを直ちに死亡の原因とすることが医学的に妥当とは限らない。
わが国の医療現場では、確定診断された疾患が存在すると、医師はそれを死因として選択しやすい傾向がある。特に悪性腫瘍は家族への説明がつきやすく、統計上の分類も明瞭である。一方で、老衰は「診断の敗北」あるいは「安易な逃げ」と見なされることがあり、記載をためらう医師も少なくない。しかし、超高齢社会における老衰は、決してあいまいな概念ではない。老化に伴う全身の機能低下が進み、他に記載すべき死亡の原因がない場合には、臨床的にも重要な死のあり方としてとらえる必要がある。
真の問題は、高齢者の多因子的な死を、単一の病名という線形の因果関係に還元しようとするところにある。死亡診断書の「死亡の原因」欄には、直接死因と、それに至る医学的因果関係のある傷病、さらに直接には死因に関係しないものの経過に影響した傷病を記載することになっている。一方、社会的な理解や報道の場では、多くの場合1つの病名だけが切り取られ、「○○病で死去」と表現される。その結果、医学的には複合的かつ自然なプロセスであった死が、あたかも特定の疾患によるものであるかのように受け止められてしまう。
今後、わが国では団塊の世代が超高齢期を迎える中、90歳、100歳を超える人の死亡が増え、多死社会が本格化する。死亡診断書における「老衰」の位置づけ、悪性腫瘍や慢性疾患との因果関係、そして人口動態統計における扱いを、臨床の実態に即して再検討すべき時期にきている。高齢者の死をどう記載するかは、単なる行政手続きではない。それは、現代医療が「人生の最終段階」をどのように理解し、それを社会にどう語りかけるかという、医学的・倫理的かつ文化的な問いでもある。
浅香正博(北海道大学名誉教授)[高齢者死亡][死亡診断書][超高齢社会]