2026年8月1日、高額療養費制度の自己負担限度額が、所得に応じて4〜7%引き上げられた。これに先立つ政省令案の意見公募(パブリックコメント)には、政令案と省令案を合わせて約5300件が寄せられ、異例の多さとなった。7月29日に公表された結果では、経済的な理由で治療や受診を諦める患者が増える、といった反対意見が相次いだが、案は修正されないまま施行された。意見を聞いた形を整えた「アリバイづくり」ではないか、との批判も報じられている。
医療政策に民意を反映させる回路として、パブリックコメントや審議会への患者・市民委員の参画は整備されてきた。それでも方針はなかなか動かない。市民参加の入り口はあるものの、実質的な影響を与えているとは言いがたい、と受け取られても仕方がないのではないか。
何が問題なのか。パブリックコメントは政省令案がほぼ固まった段階の手続きであり、制度の骨格を問い直す場としては遅すぎる。そもそも現状の仕組み上、審議会や検討会の日程に乗らなければ、政策形成は前に進まない。国の側の時間と人員も限られている。決まったスケジュールの中で、多様な意見を一つひとつ反映させるのは、「言うは易く行うは難し」でもある。
6月20日、京都大学で開かれた日本医療政策学会第2回学術集会で、筆者はメインシンポジウム「包摂で公正な医療の普及に必要なエビデンスは何か:高額療養費制度を例に」のモデレータを務めた。患者団体、臨床医、研究者、国会議員という立場の異なる登壇者の議論から浮かび上がったのは、「勝手連」的なチームの重要性である。
特定の課題に対し、当事者・研究者・医療者・メディア・行政・政治家が問題意識を共有し、組織の枠を超えて自発的に集まり、動き続ける。がん対策基本法の成立にも、認知症施策への当事者参画にも、背景にはそうした熱量を持つチームがあった。
制度の外側で育まれた熱量が、当事者の語りと客観的なエビデンスを携えて、適切なタイミングで政策形成の過程に合流することで、政策は動く。逆に言えば、声を届ける「先」と「タイミング」が一致しない仕組みでは、政策は動かない。
パブリックコメントは、なぜ「アリバイづくり」と批判されるのか。それは、既に実質的に政策の方向が固まった段階で行われるという「タイミング」に問題があるのではないか。そうした仕組みが存在することは、期待して声を届けた患者・市民に失望感を与え、参画のモチベーションをかえって下げてしまうという意味で、有害ですらありうる。
とはいえ、批判だけでは何も変わらない。政策を変えようと声を「届ける」側にも、いつ、どの場に、何を届けるかの設計が必要だ。筆者自身、その「勝手連」の一員でありたい。
市川 衛(武蔵大学社会学部メディア社会学科准教授)[高額療養費制度][当事者参画]