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【識者の眼】「調査もせずに『慢心』と断じる会見」榎木英介

登録日: 2026.09.09 最終更新日: 2026.09.09

榎木英介 (一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)

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2026年8月7日、京都大学医学部附属病院が医療事故を公表した。50歳代女性の小脳橋角部にある良性腫瘍の摘出術で、腫瘍ではない部位を誤って摘出し、脳幹の一部を損傷させたという。患者は自発呼吸ができず人工呼吸管理となり、手足も動かない。腫瘍は残ったままである。

病理医としてまず引っかかったのは、術中迅速診断が2回とも「腫瘍ではない」と報告されながら、手術が約10時間続けられた点だ。迅速診断で方針が変わらないのなら、何のための迅速診断なのか。

だが、本稿で書きたいのは、その先である。

病院は「院内に事故調査委員会(外部有識者を含む)を設置し、公正・中立な立場から原因究明にあたります」と公表した。調査はこれからだ。にもかかわらず記者会見で、脳神経外科の診療科長は、「経験から来る慢心か」という記者の問いに「だと思います」と答えている。さらに、病院は、複数人による確認を徹底するという再発防止策まで示した。

原因究明が始まってもいないのに、原因が確定し、対策まで決まっている。順序が逆である。しかも、その原因は、組織ではなく執刀医個人の内面に置かれた。慢心ほど組織に都合のよい原因はない。設備も人員配置も変えずにすむからだ。

ここで指摘しておきたいことがある。本件は、医療法上の医療事故調査制度の対象ではない。制度が扱うのは、「医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたもの」に限られる。患者はご存命であり、要件を満たさない。したがって、医療事故調査・支援センターへの報告を義務づける法定の枠組みには該当しない。設置されるという委員会は、法定の枠組みの外にある任意の委員会ということになる。

それだけ重篤な結果が生じながら、制度は動かない。対象を死亡・死産に限る現行制度の限界が、ここに露呈している。

そして、制度の外にあるということは、何をしてもよいということではない。むしろ法定の歯止めがないからこそ、原則に忠実であるべきだろう。

本連載で繰り返し述べてきた通り、事故調査の目的は責任者を探すことではない。2024年発行の国際規格ISO 5665も、事故調査を再発防止のための活動と位置づけ、非難や責任追及を目的としないという考え方を示している。さらに、十分な情報を分析した上で結論を出すことを求め、人の不注意に帰着させて、そこで止まる調査では、再発防止につながらない。

今回は、その手前である。調査そのものが始まっていない。

私はかつて本連載で、「未熟な医師」のせい、といった個人に責任を負わすような調査結果が何の疑問もなく発表されている、と書いた(No.5240)。今回は「慢心」である。言葉は違うが、構図は変わらない。個人に帰してしまえば、組織は変わらなくてすむ。

被害に遭われた方とご家族に、心よりお見舞いを申し上げる。誰か1人の慢心として片づけられた、この事例が二度目を生む土壌としてそのまま残されることがないよう、願う。

榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[医療事故][医療事故調査制度

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