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【識者の眼】「Race equation:人種という方程式」八谷 寛

登録日: 2026.09.04 最終更新日: 2026.09.04

八谷 寛 (名古屋大学大学院医学系研究科国際保健医療学・公衆衛生学分野教授)

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筆者が大学院に入った頃、米国では白人と黒人にわけて解析をするだけで、新しい論文として著名誌に掲載されると誰かが言っていたのを聞き、「そうなのか?」と漠然と思っていた。その後、2008年9月から2年間、米国ミネソタ大学に研究留学する機会を得たが、指導者のFolsom教授からはじめに与えられたテーマは、肥満度と脳卒中発症リスクの関連を人種別に検討する、というものであった。白人も黒人も、肥満度が高くなればなるほど脳卒中発症リスクが高くなるという関連性が認められたが、同じ肥満度でも黒人の脳卒中発症率は白人より2〜3倍も高かった

この結果は、米国心臓協会(AHA)のStroke誌に掲載され、メディアでも広く取り上げられ、電話インタビューなども受けた。印象深かったのは、肥満度によらず黒人の脳卒中発症率が高かった結果への注目度で、あるニュースメディアのヘッドラインは「Obese Blacks at Higher Risk of Stroke」であり、インタビューやメールでの質問も、黒人のリスクがなぜ高いのかに集中した。

Folsom教授とともに取り組んだ研究のひとつが、AHAが提唱した7つの健康習慣・要因(食事、運動、喫煙、肥満、血圧、脂質、血糖)と、心血管疾患リスクの関連を検証するものである。7つすべてが良好な状態である場合、心血管疾患リスクは非常に低く、白人と黒人の間に大きな差は認められなかった。一方、7つすべてが良好な状態にある割合は黒人で低く、心血管疾患リスクの人種差は、主に7つの健康習慣・要因の保有状況の差によることが示された。

New England Journal of Medicine誌で2026年5月〜6月の8週にわたって連載された「The Race Equation」は、人種による差の問題を鋭く解説したシリーズである。2009年にLevey氏らによって開発された推定糸球体濾過量(eGFR)の推定式(CKD-EPI式)は、血清クレアチニン値を性、年齢、そして人種によって補正するもので、同じ性、年齢、クレアチニン値でも、黒人ではeGFRが1.159倍高く算出される、いわゆるrace equationであった。Levey氏は、人種という変数を投入することは、実態により適合した推定式をつくるために当然必要だと思い込んでいた、と後のインタビューで当時を振り返っている。

しかし、人種差は生物学的なものではなく、社会的な背景を示す変数であるという考えが強まり、2021年には人種係数を用いないCKD-EPI式が公表された。eGFRが高く計算されることで、たとえば黒人は腎移植のウェイティングリストに載りにくくなり、治療の優先対象から系統的に外れてしまっていたことが批判されるようになった。同様の問題が肺機能検査の基準値にもあり、退役軍人の障害年金の対象から結果として系統的に除外される可能性も指摘された。また、そもそも黒人と白人の定義も明確ではなかった。

このような公平性の問題のほか、正確性、実際に適用した場合のアウトカム評価、患者の選好など、いまだ是非についての議論のあるrace equationの問題を、はじめに教えてくれたのは、慢性腎臓病の疫学研究や、それを考慮した心血管疾患リスク予測式の開発に多大な貢献をした米国ジョンズ・ホプキンス大学の松下邦洋教授である。観察された人種差に対する問題意識なくして、その背景要因への視点は生まれないことを実感した。確かな心をもち、事実をしっかりと見きわめられるものでありたい。

八谷 寛(名古屋大学大学院医学系研究科国際保健医療学・公衆衛生学分野教授)[Race equation][人種差公平性

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