1995年1月17日、巨大地震と大火災で壊滅的被害に遭う神戸の街の映像を見て、私は居ても立ってもいられなくなった。
神戸は父の故郷だ。医師3年目だった私は、救急医療から心身医療まで、基礎的な医療であれば一通りこなせるようになっていた。将来の進路のひとつとして、途上国での医療活動も視野に入れ、「国際保健協力市民の会(SHARE)」で学んでいた私は、そのメンバーとして被災地に行った。
崩れ落ちた鉄骨ビル、建物に押しつぶされた自動車、焼けただれた自動販売機、高熱でねじ曲がったフライパン、焼けた無残な人形。焦げた臭気が街中に渦巻いていた。