そもそもドイツでは、月収2000ユーロ以上の通常のほとんどの雇用において、年金18.6%、医療保険約17.5%、介護保険約3.6%、失業保険2.6%の、合計約40%の社会保険料が定められており、これを労使折半する。
その例外として、ミニジョブ(minijob)というジョブカテゴリーがある。月収603ユーロまたは年収7236ユーロを超えない低賃金雇用であり、雇用主が年金15%、医療保険13%を含む、30%強の社会保険料を支払う。一方、被用者は医療・介護・失業保険の保険料負担はなく、年金保険についても原則として本人負担があるものの、適用除外を申請することができる。日本風に言い換えれば、130万円強の「年収の壁」である。日本の年収の壁との大きな違いは、社会保険料負担が雇用主側に大きく寄せられている点である(日本にも低賃金労働者の保険料を雇用主側に幾分加重する保険料調整措置はあるが、期間制限があり例外的な取り扱いにとどまる上、本人の保険料負担がゼロになるわけではない)。
ドイツのミニジョブでは、このような労働者に有利な点がある一方で、解雇規制が緩和されるという特徴もある〔雇用の柔軟化は、とりわけ観光産業など季節性のある職種にとって重要である〕。また、事務手続きが簡素化されるというメリットもある(雇用主が個人の場合、特に重要である)。具体的職種としては、飲食、小売、清掃補助、家事代行等がある。現在、約680万人(人口の10%弱)がミニジョブで働いているとされる。
ドイツで年収の壁を超えて収入を得ると、もはやミニジョブではなく、ミディジョブと見なされる。そうなると、月収2000ユーロ以上の正規雇用の場合よりは幾分少ないものの、社会保険料の支払い義務が被用者側にも生じる。そのため、ミニジョブとミディジョブの境界が、働き控えを誘発する。このことが、女性の労働参加の阻害要因となってきたという、日本の年収の壁に対するものと同様の批判がなされている。
2026年6月、政府の年金委員会(2025年末に設置された政府パネル)は、ミニジョブ制度の廃止を提案した。これを受けてメルツ首相も立法手続きを開始すると明言した。興味深いのは、「ドイツ版年収の壁」とも言る、このミニジョブの廃止案に対して、最も強く抵抗しているのが労働者側ではなく雇用主側だという点である。労働者側はむしろ、収入が最も低い層にも社会保険料負担を求める年金委員会の改正案に賛成しているという。現在の大連立政権与党も、「あらゆる世代の老後保障を確固たるものにする」と改正の意義を述べている。保険料負担を広く求めて保険財政の安定化を図ることは、確かに「保障を確固たるものにする」ことであり、まっとうな説明である。
森井大一(日本医師会総合政策研究機構主席研究員)[年収の壁][ミニジョブ][ミディジョブ][社会保険料]