2026年7月、次期学習指導要領で中学校の性教育における「歯止め規定」が維持される見通しとの報道がありました。現在の中学校保健体育では、「受精・妊娠までを取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わない」とされています。この「歯止め規定」により、教育現場では避妊や性感染症、性的同意など、子どもが安全に生きる上で不可欠な知識を十分に教えにくい、といった状況があります。保護者は性教育を望んでいて、教師も教えてあげたいと思っていても、国の「歯止め規定」が足枷となっているのです。
2023年に性交同意年齢が13歳未満から16歳未満に引き上げられました。性交同意年齢とは、法律上、一定の年齢未満の者について、性交等に関する自由な意思決定が十分でないことをふまえて定められた年齢です。だからこそ、その年齢までに包括的性教育が十分に行われていることが望ましいのですが、歯止め規定により、そうではないというのが現状です。
予期せぬ妊娠に戸惑う中学生は、「まさか自分が妊娠するとは思わなかった……」と言います。きちんと知っていたら、防げたかもしれないという事態が後を絶ちません。
性教育は『防災』です。地震や火事に備えて避難訓練をするように、成長の過程で直面する可能性のある性のリスクに対しても、知識という「ライフジャケット」を事前に渡しておくのが大人の責任です。「知識」と「備え」により防げるリスクを防ぎ、「いざというときの対応」を知っていることで、もし望まない妊娠をしても、はやめに支援を求め、孤立出産に至ってしまうような事態を防ぐことができます。これは、災害の知識があることで防災の備えをしておき、いざ被災したときの対応を知っていることで命を守る行動がとれる、ということと同じです。
「早くから性の知識を与えると性に奔放になる」という、いわゆる「寝た子を起こす」という懸念は、これまでの研究によって支持されていません。むしろ、包括的性教育は、性行動を早めるのではなく、より安全な性行動や慎重な意思決定につながることが示されています。正しい知識は、好奇心を暴走させるアクセルではなく、自分を大切にするためのブレーキとして機能します。「火事の知識を与えると火遊びをするから教えるな」とは誰も言わないように、性教育も人生の危機に備える命の教育なのです。
特に、ネットでポルノ情報に容易に触れたり、見知らぬ大人とつながったりできる現代では、今の大人世代とは異なるリスクにもさらされています。性教育は、複雑な社会で心身を守り抜くための必須のサバイバルスキルです。
エビデンスに基づかない懸念に左右されるのではなく、子どもたちを守ることを最優先にして頂きたい。「歯止め規定」の撤廃、もしくは中学校で必要な性教育を実施することを実質的に可能にする通知などが出されることを期待します。
稲葉可奈子(産婦人科専門医・Inaba Clinic院長)[産婦人科][性教育][歯止め規定]