「量が質を生む」という言葉がある。医療の世界においても、経験した症例数が多ければ多いほど診断能力は高まり、外科医もある程度の症例数を経験しなければ1人前になれないという側面は、確かに存在する。
しかし、この言説の本質は、あくまで「十分な準備ができている者が経験を積む」という前提条件があって初めて成立するものだろう。
たとえば、診断学において、「この症状であれば、鑑別疾患としてA、B、C、Dが挙げられる。有病率や年齢などの患者背景から可能性はB>A>C≒Dだろう。◯◯の検査で確定できるはずだ」という仮説(シミュレーション)を持って診療に臨む医師は、結果が、仮に有病率が低く診断難易度の高い“D”であったとしても、その1例から膨大な学びを得る。一方、不勉強なまま漫然と外来に立ち、上級医の指示通りに検査を行い、「結果はDだった」という経過を眺めるだけでは、それは単なる「エピソードのひとつ」で終わってしまうだろう。
同じことが、(脳)外科手術の現場にも言える。大学病院と市中病院では経験できる症例数に差はあるものの、救急・緊急手術では、若手医師が執刀の機会を得ることも少なくない。ここで、事前に成書や手術動画で徹底的に予習し、脳内で何度もシミュレーションを繰り返している外科医と、術野に入ってから上級医の過去の手技を思い出しながら手を動かしている外科医とでは、1回の手術から吸収できる情報量に決定的な差が生まれる。
手術という限られた時間の中では、処理すべき情報量は膨大である。しかし、予習が十分になされていれば、頭の中には「その疾患における定型的な流れ」という1本の映画のような記憶が構築されている。目の前で展開される実際の手術では、自らのイメージとの「差分(Δ)」にのみ認知資源を割いて処理できるようになる。その結果、脳内で処理すべき情報量は大幅に減少し、手術中にも1歩引いて“考える”余地、すなわち「心の余裕」が生まれるという好循環につながるだろう。
振り返れば、筆者が執刀医として手術を始めた2000年代でさえ、「(脳外科医が増えたので)師匠の世代の半分しか件数がない」と言われていた。現在では、カテーテル治療や放射線治療の普及により、若手外科医はさらに少ない症例数の中で技術を習得しなければならない環境に置かれている。
しかし、それを悲観していても始まらない。現代は、2000年代と比べて驚くほどわかりやすく解説された手術書が数多く出版され、一流術者の手術動画にも容易にアクセスできる。これらをどれほど読み込み、細部まで脳内でリアルに再生できるか。手術症例減少時代において、頭1つ抜きんでる外科医を育てる鍵は、この「1例に対する準備の質」を、指導医側がいかに担保し、若手自身が圧倒的な当事者意識を持って1例1例に臨めるか、ではないだろうか。
木村俊運(日本赤十字社医療センター第一脳神経外科副部長)[外科医][手術症例減少][シミュレーション]