昔から「ジェネシャリスト」という概念を提唱している。医者のキャリアパスとしては最適解だと、今でも思っている。
横の広がりはジェネラリスト、縦の高さはスペシャリスト─そんな三角形をイメージしてほしい。
横の広がりがないと「井の中の蛙」になりやすい。縦の高さがないと診療は浅くなりがちだ。そういう意味で、縦横を併せ持つのが、ジェネシャリスト(genecialist)という概念である。
これが第一歩。実は話はもっと深い。
大事なのは「知っていること」ではない。三角形の両脇にある「知らないこと」を自覚していることにこそ、ジェネシャリストの本質はある。
ジェネラリストがスペシャリストの診療を理解できない、あるいは誤解しているというのは、よく見る光景だ。「臓器を診て、人を見ず」などという「悪口」は、三流のスペシャリストしか見ていないか、あるいはなにも見ていないからこそでてくる誤謬である。これは、スペシャルティの高みが三角形の「幅」からは見えないために生じる誤謬だ。
一方、スペシャリストは他のスペシャリストの「高み」を理解しやすい。「自分たちの世界にもいろいろあるんやから、あっちの世界にもあれこれあるんやろ」と容易に想像できる。
しかし、スペシャリストはジェネラリストの「深み」を上手く理解できないことが多い。これも、三流のジェネラリストしか見ていないか、あるいはなにも見ていないからこそ生じる誤謬である。
「俺様はこんなに知っている」は、井の中の蛙に陥りやすい。「俺の知ってる境界線はここまでで、ここから先は知らない世界」と、自分の世界のボーダーラインを示せてこその「無知の知」だ。
残念なことに、日本人の医者はメタ認知が苦手である。学会に行けば、「なんとかの立場から」というシンポジウムの演題が並ぶ。Facebookでは自分語りと承認欲求。そしてTwitterでは自分を擁護し、他人をけなしてばかり。すべてはメタ認知の失敗から来ている。
現行専門医機構の「スペシャリスト・トレーニングをやってから、さらにスペシャリスト・トレーニングをやる」という、いわば「和式」の2階建て制度を私は好かん。これではメタ認知に失敗する。
とはいえ、ジェネラリストがスペシャリティ・トレーニングへの道を閉ざしている某学会のあり方にも問題がある。成長したい若手を、年寄りが足を引っ張ってどうするというのだろう。
私のオススメは、内科か小児科の専門医を取ってジェネラルをやって、サブスペシャリティに進むパスウェイだ。日本では、これが1番「ジェネシャリスト」への最短距離だと思う。
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[ジェネシャリスト][メタ認知]