スマートフォンでSNSを眺めていると、こんな広告が流れてくることはないだろうか。「自宅で尿や血液を採取して送るだけで、複数のがんのリスクが初期からわかります」。こうした、検査会社が医療機関を通さず、消費者にSNS広告などを通じて検査キットなどを直接販売する「direct to consumer(DTC)検査」が広がっている。
やっかいなのは、その中には怪しげな民間療法とは違い、査読論文で感度や特異度などを示し、それをマーケティングに利用しているものがあることだ。その数字自体に問題があるとは限らない。問題は、「誰に向けて売られているか」にある。
広告が呼びかける相手は、症状があったり家族歴があったりするハイリスク層ではなく、「自分にがんがあると怖いな」という漠然とした不安を抱える健康な一般層だ。だが、稀な病気を一般集団から探せば、どんなに優れた検査でも偽陽性は数多く生じる。
仮に、膵癌を見つけるための感度・特異度ともに90%の検査を10万人に行ったとしよう。一般集団において、無症状のまま膵癌を抱えている割合(事前確率)はきわめて低く、仮に10万人中40人とする。感度90%なら、このうち36人は見つかる。一方、特異度90%、つまり偽陽性率10%であれば、がんでない9万9960人のうち9996人が「陽性」となる。結果として陽性者は約1万人になるが、本当にがんがある人は36人程度、割合として約0.4%にすぎない。残りの大半は、がんがないにもかかわらず陽性と判定される。
これは検査の性能が悪いからではない。稀な病気を一般集団から探す以上、避けようのない構造なのである。だからこそ、有効性を示す論文の多くは、持病や家族歴などのあるハイリスク集団を対象としている。裏づけのある「狭い条件」と、SNS広告が届く「広い相手」との間には大きなズレがある。それにもかかわらず、筆者の見る限り、DTC検査の広告にはその違いが消費者に理解できるよう十分に示されていない。
そして最大の問題は、この大量の偽陽性を含む陽性者に対し、その後の道筋が設計されていないことだ。不安から自費でCTや内視鏡検査へ進めば、被曝や経済的・心理的負担が生じる。国立がん研究センターも、このような検査は検診としての有効性が十分に確認されておらず、異常値が出たあとの対応も確立していない、と注意を促している。陽性を告げるだけ告げ、精密検査への適切な案内も、不安へのケアも用意しない。そんな売り方が広く許されてよいのだろうか。
「がんを早く見つけたい」という願い自体は切実なものであり、頭から否定すべきではない。だが、「診断」ではなく「リスク評価」と銘打つことで、医療機器としての厳格な承認の枠組みを回避し、健康な人へ広く販売する手法は、消費者の自己責任だけにゆだねてよい段階をもはや超えつつある。国や関連学会は、DTC検査の広告表示のあり方や、「一般集団向けではない」ことの明示について、一定の規制や注意喚起を示すべきではないだろうか。
市川 衛(武蔵大学社会学部メディア社会学科准教授)[DTC検査][がん検診]