日本救急医学会が、重症熱中症に対する「Active Cooling実践の手引き」の暫定版を公開し、パブリックコメントを募集している。募集期間は2026年8月中旬までで、誰でも意見を寄せることができる。地味なニュースに見えるかもしれないが、猛暑が年々厳しさを増すいま、これは救急の現場にとって、想像以上に大きな一歩であろう。
重症熱中症の治療は、実のところ理屈は単純だ。とにかく速く、深部体温を下げる。倒れてからの数十分が予後をわけるため、「Cool First, Transport Second」という合言葉がある。冷やすのが先、搬送は後、という言葉が示す通り、冷却の速さがそのまま命を左右する。最も効果が高いのは、氷水に全身を浸す冷水浸漬である。安価で、必要な道具もシンプルであり、冷却速度も最速に近い。エビデンスの上では、これがゴールドスタンダードとされてきた。ところが、理屈でわかっていることと、現場でできることの間には、いつも溝がある。
病院で患者を氷風呂に沈める。これをためらいなく実行できる施設が、日本にどれだけあるだろうか。設備がない、経験がない、「こんなやり方で本当によいのか」と迷っているうちに、体温は十分に下がらないまま時間だけが過ぎていく。冷却開始や冷却速度の遅れは予後を悪化させ、合併症の増加にもつながることが報告されている。つまり、知っているのに実践できていないことが、人を静かに危険にさらしてきたのである。
今回の手引きが埋めようとしているのは、まさにこの溝である。冷水浸漬だけでなく、皮膚への送風による蒸散冷却、身体に密着させる冷却材、高度な体温管理機器を用いた血管内冷却まで、どの方法を、どのような患者に、どう使うかが具体的に示されている。体温調節療法の普及が進むことを見据えれば、施設ごとに対応がばらばらでは心もとない。共通の物差しを持つことには、大きな意味がある。
注意したいのは、この手引がまだ暫定版であるという点だ。裏を返せば、現場の声によって変更できる余地があるということだ。都市部の大病院と、人手の限られた地方の救急とでは、できることは違う。その差を知っているのは、ほかならぬ現場の私たちである。手引きを「上から降りてくるもの」として待つのではなく、この夏経験した1例1例の実感を意見として返していく。冷やすことをためらわずにすむ未来は、そうやって少しずつ、自分たちの手でつくっていくものであってほしい。
薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[重症熱中症][Active Cooling][救急医療]