検索

×
絞り込み:
124
カテゴリー
診療科
コーナー
解説文、目次
著者名
シリーズ

【識者の眼】「支援の軸足を変え続ける─熊本地震の現場から」稲葉基高

登録日: 2026.08.10 最終更新日: 2026.08.10

稲葉基高 (ピースウィンズ・ジャパン空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”プロジェクトリーダー)

お気に入りに登録する

2026年7月28日、熊本県で再び最大震度7の地震が起きました。「また、なぜ熊本県で……」。第一報に触れたとき、これが正直な気持ちでした。10年前の記憶が、そのまま立ち上がってきたのです。

発災当夜、現場で活動していた医師から応援要請が入り、私たち空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”はイオンモール熊本へ向かいました。警察・消防の救助チームと連携しながら行う現場医療です。

続いて入ったのは、熊本県八代市の医療機関でした。断水し、エレベーターも止まったまま。それでも職員の皆さんが踏みとどまり、救急診療は途切れていませんでした。ただ、転送を要する患者が病院内に滞留していました。私たちは救急外来を支えながら、搬送先と搬送手段を確保し、必要な患者を地域外へ送り出す支援を行いました。地域医療そのものが被災している。現場で実感したのは、そのことです。

発災2日目には、各地から災害派遣医療チーム(DMAT)が到着し、病院支援の体制が整いはじめました。そこで私たちは、避難所支援へと軸足を移しました。この判断を独自にくだしたわけではありません。地域のDMAT活動拠点本部、日本赤十字社、保健医療福祉調整本部、保健所と日々情報を共有し、支援の重複と空白を確認しながら、自分たちの役割を組み替えていきました。

約100人が身を寄せるコミュニティセンターでは、当初、多くの方が床で休んでいました。公的な調達には時間を要すると見込まれたため、現地の調整体制とニーズを共有した上で、民間のネットワークを活用して鹿児島県から段ボールベッドを搬入し、パーテーションとともに設置しました。診察室を開くことだけが災害医療ではありません。避難所の生活環境を整えることは、感染症や生活不活発病、さらには、災害関連死を防ぐための土台になります。

環境が改善すれば、同じ場所にチームが常駐し続ける必要性は低下します。そこで、軸足を巡回に移し、次に目を向けたのが在宅避難者でした。市職員や保健師に同行して各家庭を訪ねると、停電で冷房が使えないため、少しでも涼しい玄関先で過ごしている高齢者がいました。独居や老老介護の世帯では、食料の買い出しにも、トイレにも、衛生用品の確保にも困難が生じています。けれども、こうした状況は避難所の名簿には現れません。訪問看護や介護事業所を支えることは、その先にいる多くの要支援者へ支援を届けることでもあります。

支援の質は、どれだけ早く現場に入ったか、だけで決まるものではありません。ニーズが満たされた場所からは常駐を解き、別の空白へ人を振り向ける。「始める判断」と同じくらい、「変える判断」「離れる判断」は重いのだと思います。

災害現場のニーズは、救命、病院支援、避難所の環境改善、在宅支援へと刻々と移っていきます。支援する側に求められるのは、自分たちの得意な活動を続けることではなく、「今、どこに空白があるか」を見きわめ、役割を変えていく力です。その前提となるのが、行政や公的支援チームとの継続的な調整に他なりません。同じ状況図を共有した上で、民間の機動性を補完的に生かす。移り続けるニーズに自分たちを合わせる柔軟さこそが、制度の網からこぼれ落ちる人を減らすことにつながる。熊本県の現場で、私は改めてそう感じています。

稲葉基高(ピースウィンズ・ジャパン空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”プロジェクトリーダー)[熊本地震災害医療

ご意見・ご感想はこちらより


1