最近、Health Affairsに、米国の保健支出(National Health Expenditure)の2034年までの将来推計を示した論文が掲載された。医薬品をはじめとするサービス種類別、財源別、負担主体別の推計結果に加え、推計方法の精緻さにも感心させられる。
国際的な保健支出分析は、経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development:OECD)が2000年に提示した国民保健計算(National Health Accounts:NHA)の推計枠組みである「国民保健計算体系(A System of Health Accounts:SHA)」を基礎としている注。当初、SHAの策定にあたっては、米国の推計枠組みも重要な参考とされた。米国では長年にわたりNHAの推計方法とデータ基盤が整備されており、今回の将来予測の精緻さにも納得できる。
日本では、筆者が当時の医療経済研究機構の研究員らとともに、SHAに準拠した日本版NHAの推計枠組みを構築した。ただし、NHA推計に利用できるデータソースには限界があり、推計範囲や精度には多くの課題が残されていた。その後、NHA推計は国立社会保障・人口問題研究所へ引き継がれたが、データソースの制約は十分に改善されておらず、課題は現在も残っていると考えられる。
一方、「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太方針2026)」には、「マクロ的な社会保障負担率の目標について検討を進める」との記載が盛り込まれた。これは、医療費の伸びを中長期的な経済成長率との関係で調整する「医療版マクロ経済スライド」の議論を取り込んだものと推察される。
マクロ経済スライドは、医療費に単純な上限を設けるのではなく、名目GDP成長率などを基準として、経済成長や物価・賃金の動向をふまえながら医療費総額の伸びを調整する考え方である。仮に導入するのであれば、保健支出のどの分野が増加し、どこに重点配分し、どの部分の伸びを抑制するのかを明らかにする必要がある。
OECDがSHAを策定した目的は、各国の保健支出の比較可能性を高めるだけでなく、保健医療システムの変化を把握し、政策立案に活用することにもあった。医療版マクロ経済スライドには反対意見も多いが、導入を検討するのであれば、SHAの枠組みに基づき、保健支出の構造を精緻に分析することが不可欠である。
そのため、今後はデータソースを検証・拡充し、推計範囲、分類体系、更新方法を再整備した日本版SHAを再確立することが求められる。医療費総額の伸びを管理する政策の前提として、保健支出の構造と変化を継続的かつ精緻に把握できる統計基盤を整備すべきである。
注 本文で述べた通り、OECDのSHAに基づく日本のNHAの推計枠組みと用語の和訳は、筆者らが策定した。和訳には「国民経済計算体系(System of National Accounts:SNA)」を参考にした。SHAは、医療費だけでなく、健康増進、健診、保健医療システムの管理費等を含み、改訂版では介護も対象とするため、「Health」を「保健」と訳した。
坂巻弘之(一般社団法人医薬政策企画P-Cubed代表理事、神奈川県立保健福祉大学シニアフェロー)[医療費][保健支出]