私は病理医として働く傍ら、パラメディカルの専門学校などで講義もしているのだが、学生時代に頭に叩き込んだ病名や用語が置き換わっていることに気がつくことがある。
象徴的なのは遺伝学用語だ。日本遺伝学会は2017年、「優性/劣性」を「顕性/潜性」へ改めることを提案した。優劣の語感が、遺伝子に劣り優るがあるかのような誤解をまねく、という理由からだ。日本医学会も2021年、当面は「顕性遺伝(優性遺伝)」と併記しつつ移行する方針を決めた。「色覚異常・色盲」に代えて「色覚多様性」という表現が用いられるようになったのも、同じ流れである。
病名もまた、静かに更新されてきた。2002年に「精神分裂病」が「統合失調症」へ、2004年に「痴呆」が「認知症」へ変わったことは、ご存知だろう。さらにさかのぼれば、「精神薄弱」は「知的障害」に、「成人病」は「生活習慣病」に置き換わっている。いずれも、人格を否定する語感や、実態を正確に表さない点、偏見を助長する懸念が理由とされた。
現在進行中なのが「糖尿病」だ。日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は2023年、「尿」を含む病名が患者にスティグマを強いるとして、新呼称「ダイアベティス」を有力候補に挙げ、病名変更の検討を進めている。1907年に定められた呼称が、受診や就労の妨げになっているのなら、見直す意義はあろう。
学生に講義をしていて、引っかかる言葉がある。結紮の「男結び」と「女結び」だ。ほどけにくい男結びと緩みやすい女結び。性別を重ねた呼称がはたして適切なのか。本結び(方形結び)・縦結びという中立的な言い換えは既に存在するが、いまだ使用され続けている。
もっとも、何でも変えればよいわけではない。過去の文献までさかのぼって書き換えれば、いわば「言葉狩り」になり、かえって歴史をゆがめる。修正は「いま現役で使われ、実際に誰かを傷つけている用語」に絞るのが筋であろう。
私たちが何気なく口にする病名や手技の名が、目の前の誰かを静かに傷つけていないか。その問いに敏感でいることそのものが、医師としての作法のひとつだと思っている。
榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[医学用語][病名変更]