賃金・物価の上昇傾向が続く中、診療報酬を賃金・物価の伸びに合わせてスライドさせるなど、改定の「ルール化」を求める声が出ている。賃金・物価の上昇を診療報酬に反映するのは当然のことであり、以前より改定率の決定に際しては、考慮すべき要素の1つとして賃金・物価の動向も挙げられてきた。しかし、実際にどの程度まで反映されるのかは不明確であり、2026年度改定における本体の+3.09%という30年ぶりに高い引き上げ幅も、政治判断によるところがきわめて大きい。
政治状況に左右されず、診療報酬への賃金・物価動向の適切な反映が担保されるためには、「ルール化」を求める声が出るのも頷ける。しかし、現行の診療報酬制度で「ルール化」はどこまで可能なのだろうか。
たとえば、1点単価を賃金・物価動向に合わせて変動させるべきという提案がある。賃金・物価の上昇を反映させる方法としてはわかりやすいが、点数自体を引き下げられたり、施設基準や算定要件を厳格化されたりすれば、効果は相殺される。わが国では1958年以来、1点単価を10円で固定してきたため、個別の点数設定には様々な要素が混在しており、政策誘導的な色彩も濃い。必ずしもコスト計算や技術評価に基づいているわけではないのである。膨大に設けられている各種加算等は特にそうだ。
一方、米国のメディケアで採用されているRBRVSでは、技術評価に基づく相対指数に換算係数を乗じて報酬額を算出しているが、賃金・物価動向のような経済的要素は換算係数の改定に反映されている。それが合理的なのも、相対指数は技術評価によって設定されているからである。これに対し、わが国では、改定のたびに自由自在に点数を弄ることができる。点数設定の根拠自体があいまいなのである。このような状況をそのままにして、1点単価を賃金・物価動向にスライドさせて変動させる場合、各種加算等にまで一律的に影響を及ぼす必要があるのかという疑問も惹起しかねない。
現在は、賃金・物価上昇の反映は、ベースアップ評価料や物価対応料等で対応している。しかし、賃金をどの程度引き上げるかは、経営判断にゆだねるべき問題であり、本来的にベースアップ評価料のような仕組みは適切とは言えない。また、賃金・物価上昇分の評価を切りわけるのは、その影響をわかりやすく示しているようでいて、かえって診療報酬制度は複雑化するばかりである。賃金・物価の上昇が今後も続くとすると、このようなやり方を未来永劫続けるわけにもいかない。
とすれば、賃金・物価上昇分は、加算等でもなく、基本診療料の引き上げによって反映するのが妥当であろう。だが、ここでも先に述べた点数の根拠が不明確という問題が再び生じることになる。初再診料や入院基本料でさえ、コストを積み上げて算出されたものではないからである。2011年に中央社会保険医療協議会で診療側委員から基本診療料のコスト分析を求める声が上がったが、不可能というのが当時の結論であった。
以上のように考えると、問われているのは賃金・物価上昇をどのように診療報酬に反映させるかという問題だけではなく、診療報酬点数の設定根拠を含めた制度そのもののあり方であると言えよう。
村上正泰(山形大学大学院医学系研究科医療政策学講座教授)[診療報酬][賃金・物価動向]