精神科医療関係で新たな展開と感じる検査や治療にはなかなか出会わないが、睡眠医療に関しては変革の時期を迎えているようである。
第1に、医療機関が看板や広告で掲げられる診療科名に「睡眠障害」が追加され、単独で標榜可能な診療科名と組み合わせて、「睡眠障害内科」や「睡眠障害精神科」などと表示できるようになった。
第2に、これまで不眠症治療はベンゾジアゼピン系薬剤が主であったが、2014年発売のスボレキサント(ベルソムラⓇ)以降、オレキシン受容体拮抗薬(ORA)が次々に発売されている。ベンゾジアゼピン系薬剤は依存性があり、高齢者ではせん妄や転倒が起こりやすいが、ORAではそのリスクが比較的低いとされる。
第3に、主に重症例や薬物療法では効果が不十分な症例に対して行われる不眠症の認知行動療法に加え、認知行動療法に基づく治療支援アプリも保険適用となった。これは9週間、アプリの指示に従うことで、不眠症状の改善が期待されるという。
素晴らしい展開であるが、懸念もある。
第1に、睡眠障害はうつ病をはじめ、多くの精神疾患でみられる。睡眠障害精神科は大丈夫としても、それ以外の睡眠障害〇〇科では精神疾患が見落とされないだろうか。ただ、これまでも不眠症は様々な診療科で、精神医学をあまり知らない医師によって診療されてきたという現実がある。そのため、「睡眠障害」を冠する診療科の専門医が診療を担当することは、現状の改善につながるかもしれない。
第2に、ORAは既に「依存性が少ない睡眠薬」として頻用されているが、使いやすい薬という思い込みから、「昼寝をしすぎていないか」「コーヒーやお茶を夜まで飲んでいないか」「寝床に入ってスマホを見ていないか」などの睡眠衛生指導をなおざりにしたまま処方されやすい。睡眠衛生指導は認知行動療法ほどの効果は期待できないとされるが、薬物療法開始時には不可欠な指導であろう。
また、ORAでは夢や悪夢が増えることが知られている。さらに、発売後の経過期間を考えると、長期使用に伴う副作用が今後報告される可能性があることにも注意が必要である。
もう1点、従来の睡眠薬では、「自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないように注意すること」と添付文書に記載されていた。しかし、ORAのひとつであるボルノレキサント(ボルズィⓇ)の添付文書では、「操作することの適否を慎重に判断し、危険を伴う作業等を行う場合には十分な注意が必要であることを適切に患者に指導すること」とされており、睡眠薬としては初めて、患者の状態によっては「注意しながら自動車運転が可能」と解釈できる。ただし、半減期が非常に短い薬剤であるため、適応については十分に検討しなければならない。
第3に、認知行動療法は薬物を用いず睡眠障害の改善が期待できる治療法であり、医師以外のメディカルスタッフが実施しても診療報酬の算定が可能である。しかし、実施には専門的な知識と一定の時間を要する。今後は治療支援アプリをどのように活用していくかが課題となろう。
「どんな患者の睡眠障害も副作用の少ないORAに切り替えよう」という発想ではなく、それぞれの患者にとって最適な治療法は何かを慎重に考えていきたい。
宮岡 等(北里大学名誉教授)[睡眠障害][オレキシン受容体拮抗薬][認知行動療法]