いよいよ本連載も今回が最後なので、少し微妙な話題に触れてみたい。いわゆる「直美」、すなわち臨床研修修了後すぐに美容医療に進むキャリアである。
私もかつて若手医師から、美容医学に転身しようかと相談されたことがある。10年以上前の話だが、そのときのことを思い出しながら書いてみたい。
まず、職業に貴賤はない。外見のことで傷ついている人を助けたいという思いで美容医療に向かうことを、誰も止める権利はない。いまは制度的に可能である以上、それは正当な選択である。
一方で、「楽に稼げそう」「キラキラして見える」といった理由だけなら、少し危うい。その世界にいる友人は、「自費診療は生き馬の目を抜く世界だ。リターンは大きいがリスクも大きい。成功するのはごく一部だ」と言っていた。皆が輝いて見えるのは、それを演じているからでもある。
とはいえ、美容医療に進む医師が皆、金銭だけを目的にしているわけでもない。むしろ高い理想をもって医療や研究に向き合ってきた人ほど、現場の現実に失望し、心の均衡を保つために別の道を選択することもある。山高ければ谷深し、である。
私が医師になった2000年代、医療界には閉塞感があった。学生時代、外国の僻地で働く医師をめざしていた私は、仕事がきついことで知られる救命救急センターで1年間研修をした。そこでは、日勤・当直・日勤という36時間連続勤務と、12時間だけ帰宅する生活を3回繰り返し、その後にようやく1日の休暇を得るという働き方だった。
また、研究の出発点として公的医療機関は重要である。しかし当時は、医師や看護師といった専門職だけでなく、組織全体に独特の停滞感があった。もちろん優れた人もいたが、長く居続ける「ヌシ」のような人たちも少なからずおり、変化は乏しく、責任の所在もあいまいだった。人事は10年以上動かず、論文も10年以上出ていない。それでも何事もなかったかのように日常が回っていく─そうした光景も、確かにあった。
こうした環境が、理想を抱いた若手を静かに現場から押し出していったのだと思う。
人々のために働こうとしたが、ここでは続けられない─そう感じて去っていく人を、私は何人も見てきた。
いま私は、若手に環境を用意する側にいる。当時の機能不全を思えば、マネジメントの不作為に伴う責任は決して小さくないと感じている。
だから、いま相談されたなら、こう言うだろう。
人の意思は変わり続ける。いまがつらいという理由だけで決めるのなら、少しだけ待っても良い。世界は思っているより広い。別の現場に触れることで、見え方が変わることもある。たとえば、日本にも、生まれながらに過酷な環境に置かれ、十分な支援を受けられないまま犯罪に巻き込まれ、収監され、その後ホームレスとして生きてきた人たちがいる。そうした人々を支援する現場に関わってみないか。
それでもなお、美容医療を通じて人を幸せにしたいと思うなら、それは良いことだ。君の未来が、幸多いものであることを願っている。
岡村 毅(東京都健康長寿医療センター研究所研究副部長)[直美][美容医療][キャリア形成][マネジメント]