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【識者の眼】「『終わり』を語る前に、『はじめ方』を」薬師寺泰匡

登録日: 2026.06.16 最終更新日: 2026.06.16

薬師寺泰匡 (薬師寺慈恵病院院長)

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救急・集中治療における終末期医療のガイドラインが、約10年ぶりに大きく姿を変えようとしている。2014年に日本救急医学会・日本集中治療医学会・日本循環器学会の3学会が示した提言に、新たに日本緩和医療学会が加わり、4学会合同ガイドラインとして改訂作業が進められている。直近の学術集会(第53回日本集中治療医学会学術集会)でも、その改訂の方向性が紹介されている。

改訂案の特徴は2つある。1つは、現行ガイドラインにあった「終末期」の定義を、あえて置かなかったこと。もう1つは、「期限を決めた治療の試行(time-limited trial:TLT)」という考え方を明記したことである。TLTとは、予後の見通しが難しい場合や、治療方針をめぐって意見がわかれる場合に、患者・家族と医療チームが合意した上で、一定期間治療を行い、その時点で再評価するという手法である。たとえば、「まず7日間、人工呼吸管理を行い、臓器機能の回復をみる」といった形になる。

一方で、この案にはいくつか懸念も示されている。「障害の受容を待たずに治療が中止されかねない」「家族の介護や経済的事情が優先されてしまう」という指摘である。命に直結するテーマであり、慎重な議論が必要なことは言うまでもない。

ただ、現場で救急医療を担う1人として、私はこの改訂を少し違う角度から受け止めている。終末期の議論は「どう終えるか」に注目が集まりやすいが、TLTという発想の核心は、むしろ「どうはじめるか」にあるからだ。

救急の現場では、しばしばこうした場面に出会う。高齢の重症患者が搬送され、予後がはっきりしない。気管挿管をすべきか迷う。このとき、「後で人工呼吸から離脱できなくなるかもしれない」という不安が、治療をはじめること自体をためらわせることがある。やめにくいからはじめない。一見すると慎重な判断に見えるが、これは、救えたかもしれない患者を入口で逃してしまうことにもつながる。

TLTは、この「やめにくさ」をいったん脇に置き、「まず、期限を決めて、はじめてみよう」と考えられる枠組みを与えてくれる。終了の手続きを整えることは、裏を返せば、迷ったときに治療をはじめやすくすることでもある。終わりを語る言葉が整理されて初めて、私たちは心置きなく治療をはじめられる。

もちろん、TLT後に治療を終了する場合、その先に十分な緩和ケアが続かなければ意味がない。日本緩和医療学会が4学会に加わった背景にも、そこへの課題があるのだろう。終末期医療と緩和ケアは両輪である。ガイドラインは患者を線引きするための道具ではない。まだ正式版の公表には至っていないが、このガイドラインが、迷いの多い入口で医療者が次の一歩をふみ出すための道具であってほしい。「どう終えるか」を語ることは、「どうはじめるか」を支えることでもある。

薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[time-limited trialTLT終末期医療

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