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【識者の眼】「『正しさ』が現場を止める」薬師寺泰匡

登録日: 2026.06.10 最終更新日: 2026.06.10

薬師寺泰匡 (薬師寺慈恵病院院長)

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ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)に行くと、多くの人はスーパー・ニンテンドー・ワールドやハリー・ポッターエリアをめざす。しかし、最初からそのエリアにすぐに入れるわけではない。駅から人が流れ、手荷物検査を通り、入場ゲートを抜け、案内表示にしたがって移動する。セキュリティ担当、誘導スタッフ、清掃、飲食、案内所。役割はそれぞれ異なるが、どれか1つ欠けてもパーク全体は機能しない。医療も同じではないだろうか。

最近、医師の間で「○○科の先生がいないので診られません」という言葉を聞く機会が増えた。もちろん専門性は重要だ。現代医療は高度化しており、1人ですべてを完結することはできない。しかし、地方の医療現場では、専門診療科がそろっていないことが前提である。循環器内科医がいないから胸痛を診ない、脳神経外科医がいないから頭痛を診ない、となれば、患者は専門医にたどり着く前に入口で止まってしまう。

地域の病院に求められる役割は、「全部治すこと」ではない。まず、患者を受け止め、重症度を見きわめた上で、必要に応じて次につなぐことである。いわば救急外来は、高度専門医療へ向かう入口である。

ところが近年は、「間違えてはいけない」という空気が強くなった。専門外にふみ込めば批判される。リスクを取れば責任を問われる。その結果、「自分の専門ではないから診ない」という判断が、安全で正しい行動として共有されはじめている。私はそこに危うさを感じている。

救急外来は、本来グレーゾーンを扱う場所である。診断が確定していない患者を受け止め、限られた情報の中で重症度を判断し、必要なら初期対応を行い、次へつなぐ。そこでは、「まだ診断がついていない状態」に耐える力が必要になる。

しかし、その文化が育たなければ、救急外来は患者を受け入れる入口ではなく、「病院として責任を回避する入口」へ変わってしまう。USJでも、どれだけスーパー・ニンテンドー・ワールドが魅力的でも、入口の手荷物検査や導線設計が崩れれば、パーク全体は機能しない。アトラクションだけが高度化しても、人を流す仕組みが弱くなれば、むしろ全体は非効率になる。

医療も同じく、高度専門医療だけを磨いても、入口機能が崩れればシステム全体は回らない。現在、救急科専攻医は増えつつある。しかし、もし、「まず診ない理由を探す文化」が定着すれば、専門医を取得しても、本当に力を発揮できる場所そのものが失われかねない。専門医が増えても、患者を最初に受け止める人がいなければ、地域医療は成立しない。近年の診療報酬改定の議論でも、救急外来機能の評価が重要なテーマとして扱われているが、本来もっと早く議論されるべきだったようにも思う。

もちろん、無謀な診療を勧めたいわけではない。重要なのは、すべてを抱え込むことでも、入口で断ることでもなく、今ここで自分に何ができるかを問う姿勢である。

社会は今、「間違えないこと」を求めすぎているのかもしれない。医療に必要なのは、完璧な正解だけではない。グレーゾーンを引き受けながら、まず入口として機能すること。その価値を、私たちはもう一度見直す時期に来ているのではないだろうか。

薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[救急外来地域医療グレーゾーン

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